駆け足で秋は更けてゆく。 街にはオレンジ色のふざけた笑顔の妖怪(?)がのさばりだす。 間もなく10月31日。ハロウィンだ。 かなり知名度を得たこのイベントはすっかりこの街の季節の風物詩として確立しているらしい。 銀次なんて、この日はいたずらしてもいい日なんて思っている節がある。 ま、そんな事はどうでもいい蛮だった。 それ以上に銀次に迷惑を被るからだ。 「ハロウィンって言えば魔女だよね、蛮ちゃん」 「言っとくが、スカートは穿かねぇぞ。ついでにステッキなんてもんも振り回さねぇぞ」 「えー、せっかくのハロウィンじゃん。いたずらし放題でしょ?」 「一応、聞くが、その間違った知識は何処のどいつが犯人だ?」 ホンキートンクのカウンターに肘を着きタバコをくわえたまま蛮はぶっきらぼうに言った。 「犯人? ハロウィンの事を教えてくれたのは夏実ちゃんだよ」 「‥‥‥‥」 蛮は無言でカウンターに突っ伏した。 「だって、魔女がいたずらするから、お菓子をあげて見逃してもらうんでしょ」 「なんつーはしょり方だよ」 蛮は力無く呟いた。銀次の鳥頭に正しい知識を叩き込む事の難しさにいい加減げんなりとしてくる。 大体、蛮は気が短い性質だ。 「去年のこの時期に、正しい知識を教えた筈なんだが」 「そ、そうだっけ?」 銀次の焦り方は予想範疇だ。正しく覚えていれば、こんな馬鹿げたはしょり方はしない筈だからだ。 「も、いいって。期待してねぇし」 蛮はため息をついて、カウンターに肘を着き、顎を乗せた。 「夏実ちゃんが夜に仮装パーティーするから参加してくれって。蛮ちゃん、どうしよう?」 「‥‥お前は参加したいんだろ?」 ちらりと目を向ければ、期待にキラキラとしたまあるい眼に出くわした。ほんと、わかりやすい奴。 「仕事が入らなきゃ、参加してもいいぞ」 「ほんと? 蛮ちゃん、大好き」 蛮の言葉に銀次は子供みたいに喜んだ。
幸いなのか不幸なのかは微妙に分かれるところだが、案の定、GBの二人には仕事は入らず、はれてハロウィンパーティーに参加となったのだが。 いかんせんとんでもない無い額の借金(ツケとも言う)を抱えた二人の事、波児にここぞとばかりにこき使われる事になった。
「蛮、酒が足らんぞ。裏から持ってこい」 「ヘイヘイ」 「銀次、零したんならちゃんと床を拭け」等等。 因みに、二人の仮装は、ウェイターの恰好に朱い蝶ネクタイ、頭には何故かネコミミ、お尻には尻尾付きだ。 その姿で狭いホンキートンクの店内をぱたぱたと走り回っていたりする。 その様子に集まったメンバーも歓声をあげていたことを、当の二人は知らなかったりする。 参加者も思い思いの仮装姿で誰が誰だか判らない奴も混ざっていたりして。 盛大ではないけれどパーティーはそれなりの盛り上がりをみせていた。大体酒も回りきり馬鹿騒ぎも一通り落ち着いた頃。タイミングよく蛮が飲み物を配り始めた。 「コレ、なあに? 蛮くん」 「酔い醒まし用のコーヒーだ」 みんなに配り終えてから 「あぁ、ミルクいれろよ。酔っ払いども」 確かに、その方が胃にいいかと、黒々とした液体に白いミルクのポーションを落とす。そして、叫びが上がった。 蛮はしてやったりとにんまり、口元を歪めていた。 「な、ナニ? これ? 何でピンクになるの!」 「こっちは、みかんの香りがしまっせ」 「こっちのは緑よ。何か抹茶みたい」 ひとしきり騒ぎ立てれば酔いも吹っ飛んでいる。 そして、原因を知るだろう者へと口々に叫んでいた。 「あー、うるさくて何言ってんだか聞こえねぇよ」 蛮はそっぽでとりあう気は無いらしい。 「説明位はしなさいよ。コレ、何なの?」 「コーヒーだが?」 「だったらどうして緑になるの? 蛮ちゃん。それにコレ、メロンの香りがするよ?」 「コーヒーだっつってんだろ。文句は銀次に言えよ。アイツが言った事を実行しただけだし」 「え? オレ、何か言ったっけ?」 「おう、俺様は魔女だから、ハロウィンにはいたずらしほうだいなんだってよ。しかも、お菓子なんて貰ってないからな。期待されちゃ、いたずらするしかねぇだろ」 そのまま蛮はつーんとそっぽだ。集まった人々はみな目を丸くして蛮を見た。 明らかに蛮は拗ねている。 しかも、非常に子供っぽい拗ねかたをしてだ。 あの蛮が、拗ねていたずらをした。その事実が、集まったメンバーの頭をハンマーで殴ったような衝撃を与えた。 しかも今の恰好とあいまって非常にかわいらしくみえてしまうのだ。 分かってやっているのなら相当な、なのだが、蛮はどちらなのか悟らせるようなタマでは無い。 笑師がその場をごまかすようにみかんの香りが立ち上るコーヒーに口を付けた。 「おっ、結構いけまっせ、このコーヒー。確かにコーヒーでっせ」 「ホント、思ったより美味しいわね。これ、ケーキより和菓子があいそうよ」 卑弥呼は抹茶の香りがする、緑のコーヒーを口にした。 「あら、薔薇の香りがするのね、このピンクのコーヒー」と、ヘヴン。 他の皆も、それぞれのコーヒーに口を付けた。以外な事に、色や香り以外なら普通のコーヒーだった。 「ハロウィンだから、この妙なコーヒーには目を瞑っといてやるよ」 そう言って波児はかた目をつぶってみせたのだった。
多少のサプライズがあったせいか、その後は銀次、蛮共に加わり、またひとしきり大騒ぎを繰り広げたのであった。
ハロウィンの日。 いたずらしても、許される日、なのかもしれない。
コメント:2007年版、ハロウィンSSです。この話の中の蛮ちゃんがいたずらに使ったコーヒーは実際に存在します。蛮ちゃんが何か細工したわけではありません。
ちなみに、10月21日のオンリーイベントでサイト再録本の「南瓜祭狂騒曲」を買った方にはオマケにこのコーヒーを付ける予定です。
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