ふうっと、白い息がもれる。
しんしんと冷えた夜にほの白いそれは、ぼんやりとした光を纏いつけているようにも見える。
それが、一瞬後には消えてしまう。
それが何となくだけれど、哀しく思えて俯いた。
気付いた日
もうすぐ0時。日付が変わる頃
蛮は公園のベンチに座ったまま、顔を上げて時計を見た。
公園の、大きな時計。
夜でも時間が見えるようにとの配慮からなのか、文字盤が明るくてこんな時間にもかかわらずちゃんと時間は見て取れる。
今日が、もうすぐ終わる。
明日は、12月17日
自分は、本当に『ココ』にいてもいいのだろうか?
この『セカイ』で、生きていてもいいのだろうか?
一番、不安になる日。
カチリと時計の針が進む。
今は23時59分になった。
ふうっ……
大きく息を吐いて、巻かれたマフラーのなかで首をすくめる
そうしていても、こんな場所でじっとしていれば、身体はどんどん冷えてくる。
もうすぐ、0時。
蛮は見たくないとでも言いたげに膝を抱えると顔を埋めた。
カチリ………
と、針の動く音が聞こえた。
「…風邪、ひいちゃうよ」
突然、ふわりとした何かに包み込まれて、暖かくなって、蛮は顔を上げた。
「誕生日、おめでとう。蛮ちゃんが生まれてくれて、生きてきてくれて、ありがとう。これからも、ずっとずーっと、一緒にいようね」
「…ぎ…ん…じ……」
暖かな毛布で全身を包みこみ、そのうえからぎゅっと抱きしめている男の名を蛮は呟いた。
銀次の体温が毛布越しにも伝わってくるようで、蛮は強張った表情を少し緩めた。
「…こんな俺を祝おうなんざ、酔狂なヤツはお前くらいじゃねぇ?」
「そんなことないよ。でも、一番に祝ってあげる特権は、渡したくないもん」
「祝うやつ? お前以外、思いつかねぇ…」
ポツリと零れた、蛮の本心。
ずっと他人にかかわらないように生きてきたから、見えていても、見えないとずっと思い込んで生きてきたから。
だから、ずっと否定だけを糧に生きてこれたのだろう。
「本当に、わかんない? きっとオレの次にでもって思ってるんじゃないかな。だって、蛮ちゃんのお母さんなんだもん。祝いたいって思ってるはずだよ」
「あのババァの事か? アイツがこの日を祝ってくれた事なんて…」
ふっと、本当に気まぐれの記憶がよみがえった。
日本に来る直前の頃だ。
ヨーロッパの、何処かの小さな町だ。
いつもは森の中で野宿が普通なのに、何故かその日は町の中に宿をとった。
何処に敵が潜んでいるか判らないから、町の中になんて泊まった覚えは全くなかったはず。
そして、夜に一軒しかない小さなレストランで食事をした。
本当に、珍しい日だと思ったあの日は、蛮の誕生日の前日じゃなかっただろうか?
あれは、それとなく祝おうとしてくれていたのではなかったのだろうか?
「蛮〜、見てみて〜。デザートのケーキよ。おいしそうでしょ?」
「………」
「いろんなものを食べて、その味を知る事も『大事な勉強』のひとつよ」
「……、そうなのか?」
「ええ、そうよ。だからちゃんと全部食べてね」
今思い出せば、何とたわいのない会話だろう。
祝いの言葉さえ、全くない。
それでも、マリーアなりに蛮にケーキを食べさせたかったのだろう。
祝い事の象徴の『ケーキ』を。
「……………」
「……、だあれも見てないからね。大丈夫だよ」
銀次は毛布をずらし、蛮の頭からすっぽりと覆い隠した。
蛮は膝を抱えそこに顔を埋めたまま、あふれ出した涙も拭う事もせず、ただただ声を殺して身体を震わせていた。
銀次はただずっと蛮を抱きしめていた。
彼の涙が乾くまで、ずっと………
初めて、他の人達から、自分にも無償の好意が向けられているのだと、愛されているのだと気が付いた。
今迄、見ようとさえせずに頑なだった自分が、まるで幼子のように思えた日。
はじめて、この『セカイ』に生きていて、良いのだと思えた。
終わり
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