独占宣言!




「へ?」


銀次は、今置かれている状況が掴めずに、酷く間の抜けた声を出した。


「だーかーらぁ。あちしの『恋心』、無限城で電ちゃんと会ってから、奪われっぱなしだって言ったの。」


ホンキートンクのボックス席、奪還屋二人の対面に座るのは、あの黒鳥院 舞矢だった。

テーブルに肘を付き、豊満な胸を寄せるような仕草をして、銀次にニコッと音がしそうな笑みを向けている。


「奪われたものを奪り還すのが仕事なんでしょ?奪り還してよ。」

「で、でも、急にそんな事、言われても、その…。」


出会ったのは、『失われた刻』を奪還するべく踏み入れた無限城。

しかも、会って早々、バトルとなった状況下の、その相手から、急に告白されても、答えに迷うというもの。


「アホらしっ。そんな下らねぇ依頼引き受けられっかっての。ガキは、とっとと、おウチ帰ってママゴトでもしてな!」


蛮の情け容赦ない物言いに、舞矢の笑顔は曇り出した。


「酷いのだ。あちし、本気で電ちゃんが好きで、ここまで会いに来たのにぃ。」


大きな瞳には、今にも零れんばかりの涙が浮かび始めていた。


−−ヤバイ!


舞矢に泣かれる事がではなく、真性がフェミニストな銀次にとって、女の涙は何に置いても弱い所なのだ。

案の定、泣き出した舞矢に心配そうに近寄っている。


「蛮ちゃん。何もそんな言い方しなくてもいいじゃん。」

「いや、だから、あのな。銀次。」

「あちし、せめて、電ちゃんとの思い出が欲しかっただけなんだもん。」


涙に濡れた瞳で銀次を見上げる。

その仕草は、絃術を繰り出して自分たちを窮地に陥れた過去を失念させるくらいに儚く映った。白い頬を伝う一筋の涙が、銀次の男心を更に煽る。


「わかった。その依頼、引き受けるよ。」


その一言に蛮が叫ぶ。


「ちょ…銀次!てめぇ!」

「一日くらいなら、付き合ってあげてもいいじゃん。どうせ、仕事もなかったしさ。」

「そういう問題じゃ……。」

「嬉しい!電ちゃんv」


蛮の抗議の声を遮り、泣いていた烏が晴れやかに笑って、テーブルを飛び越えるようにして銀次へと抱きついた。

そして、隣りに座る蛮を見遣り、赤い舌をペロリと出してみせたのだ。


−−このガキ!わざと、泣きやがったな!


怒りに肩を震わせるが、こうなってしまったら、舞矢に付き合うより他なかった。


「わかった。但し、俺も付いてくかんな。」

「何でなのだ!あちしと電ちゃんのデート、邪魔するつもりじゃないでしょーね?」

「お前は、『奪還屋』に依頼したんだろ?GetBackersSは一人じゃないって意味なんでな。」


勝ったとばかりに、ふふんと鼻を鳴らす蛮に、舞矢が悔しそうに唇を噛み締めた。


−−付いて来たければ付いてくればいいのだ。こっちにだって考えがあるもん。



「電ちゃん。時間が勿体ないのだ。早速、行こ!」


舞矢は銀次の手を取ると、弾むように店の外に飛び出した。

小花柄のシフォンのミニワンピースが、蝶のようにヒラヒラと舞う。

銀次の腕にわざとらしく胸を押し付けると、大きく開いた襟元から豊満な胸の谷間が、舞矢の丸く大きな瞳同様にこちらを見つめていた。


−−うわぁ。ちょ……、む、胸の感触がっ


思わず、鼻の下が伸びてしまうのは、男の性。

舞矢とて、独特の衣裳を脱ぎ捨て、普通の服装をしている今、姿形だけ見ればアイドル顔負けの可愛さだ。

そんな相手に言い寄られれば、男だったら誰しも嬉しく思わないわけがない。

それは、わかるのだが……


−−銀次の野郎!ガキ相手にデレデレしやがって。


数メートル離れた後ろから二人を見つめる蛮は、どうにも面白くなかった。



「電ちゃん。あちし、ここで買い物したいな。」


とある店の前で立ち止まった舞矢は、銀次の答えも聞かずに、店の中へと引っ張った。

一緒に入ろうとして、蛮は思わず二の足を踏んだ。

カップルと女性客しかいないその店は、女性下着専門店だったからだ。


−−あのガキ。よりにもよってこの店かよ。


渋々、店の外で待つ事にした蛮は、店内が見渡せる街路樹の一つに背中を預けた。

舞矢が試着室に入って行き、銀次がその前で待っている姿が見える。


−−しかし、試着に何時まで時間かかってんだ?


そこまで思ってから、蛮は突如、閃いた。

無限城で舞矢が得意としていた技の存在を思い出したのだ。


「そうだ、あの技は確か……。じゃあ、まさか!」


蛮が裏口へと走った時には、そこは誰かが逃げ出した痕跡があるだけだった。


「舞矢ちゃん。大丈夫?試着室で急に具合悪くなるからビックリしたよ。」

「うん。ここで、ゆっくり寝てれば治ると思うの。」


銀次にしおらしく答えながら、舞矢は心の中でペロリと舌を出す。

勿論、具合が悪いなどとは舞矢の真っ赤な嘘だ。

そう言って銀次を騙し、休める場所を探そうと裏口へ連れ出している間、『黒絃の塊』で作った銀次そっくりの傀儡人形を仕込んでおいたのだ。


−−あのウニ。今頃、慌ててる頃かもね。電ちゃんが単純で良かったのだ。


言いくるめられるままに、銀次は舞矢と共にラブホテルの一室に来ていた。

派手で悪趣味な装飾の安っぽそうなホテルだったが、舞矢も贅沢は言っていられなかった。


「落ち着いたんじゃ、俺、蛮ちゃんに連絡してく……。」


そう言って、立ち上がろうとした所へ、ふいに舞矢が銀次を引っ張った。

予想外の動きに、思わず尻餅を着くようにベッドへと転がる。偶然か必然か、両手をつき、舞矢を押し倒す格好になってしまった。


「わわっ、ご、ごめんなさいっ。」


慌てて退こうとした銀次の首に、舞矢の腕が絡み付く。

乱れた布団の下から現れた豊満な胸を隠すものは、何一つなかった。


「ちょっ、ちょっ…、はは裸っ、服は…」

「そんなのいいじゃん。あちし、電ちゃんにならいいよ。」


幼い顔に不釣り合いな妖艶な笑みが、唇に浮かぶ。


――このテの初なボーヤは、『既成事実』作っちゃうに限るのよねぇ。


純情可憐な少女の仮面の下で、計算高い悪魔が笑ったのを、銀次が気付くはずもない。

真っ赤な顔でドギマギしている目の前の男を見遣り、瞳を閉じた。


――これで、電ちゃんもあちしのペットなのだ。


銀次が陥落したのを確信し、勝ち誇ったように胸内で呟いた。



――だが


「アホ銀次っ。安っぽい手に引っ掛かってんじゃねぇぞ?」


夢見心地の世界を壊して聞こえた声に、舞矢はハッと飛び起きた。

部屋の片隅には、いつの間にこの場所を突き止めたのか、蛮が肩で息を切りながら立っていた


「ウニっ!何で、ここにいるのだ!」

「蛮ちゃん!」


蛮は無言のまま、ずかずかと銀次へと歩み寄ると、有無も言わさず、その胸倉を掴み上げた。


「あのね。蛮ちゃん。舞矢ちゃんが具合悪くなって、だから、えっと…」


必死の言い訳は、しどろもどろ。こちらを睨む蛮の眼光の鋭さに、銀次は殴られる事を覚悟した。

ぐいっと引き寄せられた拍子に、銀次は思わず目をつぶった。


けれど、一向に覚悟していた痛みが落ちてこない。


それどころか、唇に温もりが重ねられ、隙間をついて舌が入り込んできたのだ。

ぬめった舌が運んできた官能に、銀次は瞬く間に飲まれた。

蛮の腰を引き寄せ、自らも舌を絡ませていく。

茫然自失の舞矢を置き去りに、口づけは濃密さを増し、部屋には卑猥な水音しか聞こえない。

永遠に続いてしまいそうなキスシーンを終わらせたのは、他の誰でもない蛮だ。


「ガキが、人様のもん奪ってんじゃねぇぞ。」


舞矢に向かって、蛮は唇を引き上げた。

いやらしく濡れた唇が、妙に色っぽく、勝ち誇った笑みが益々、舞矢の癪に障った。


「あんた、ホモだったの?ねぇ。電ちゃん。男なんかより、女のあちしの方がいいでしょ?」


縋るような眼差しで舞矢は銀次を見た。

シーツを纏ってはいても、その下は相変わらず全裸に近い。胸の谷間もくっきりと銀次を煽っている。

それに頬を染めつつも、銀次はあっけらかんと言い切った。


「そんなの…、蛮ちゃんがいいに決まってるじゃん!」


その瞬間、舞矢の女としてのプライドが、音を立てて崩れ去った。


「何処がいいのだ?そんな腐れウニ!」

「一言じゃ言えないけど…。一見、乱暴そうに見えるけど、実は優しいし、抱き締めると折れそうな腰とか普段からは想像出来ない甘い声を出す所とか。××が好きで、それをすると力が抜けてったりしてね。でも、×××を触ると、ギュッて締め付けて……」


延々と語り始めた銀次の台詞を、舞矢はすでに聞いてはいなかった。

マグマのように煮えたぎる怒りが、蛮へ向けてのものか、『かわいさ余って憎さが百倍』となった銀次へ向けてのものか、すでにわからなくなっていた。


「冗談じゃないのだー!!」


ちゃぶ台をひっくり返すように布団を跳ね上げて、舞矢はさっさとワンピースを着込んで、帰り支度を取ると、キッと銀次を睨み付けた。


「これ以上、ホモの惚気話は聞きたくないもんね!人を馬鹿にして。あんたなんか、もう、いらない。せいぜい、そのウニとイチャつけばいいのだ!」

「へ?舞矢ちゃん……?」


事態を把握しきれていない銀次がキョトンとしている横で、蛮は掌を舞矢へと突き付けた。


「依頼人サン。何か忘れてないか?」

「こんなのでお金取る気?」

「『恋心』は奪り還してやったろ?」


それは、見事なまでに粉々に砕かれた状態ではあるが、奪われた『恋心』は確かに還された。

失恋によくある悲しみや後悔、未練なんてものを感じさせないくらいの壊れっぷりで…。


舞矢は小さなバックから紙幣を取り出して投げつけた。

腑に落ちない気持ちはあるものの、何処かスッキリしているのは事実。けれど、それを認めるのは嫌だ。


「そんなに欲しかったら、くれてやるのだ。」


舞矢は言い捨てて、気持ちを切り替えるように、あっさりと部屋を出ていった。

部屋に残された銀次は、やっぱり不思議な顔をしている。


「舞矢ちゃん。何で、あんなに怒ってたのかな?具合もういいのかな?」

「ったく、これだから、女にモテねーんだよ。おめぇは。」


落ちた紙幣を拾い上げて、蛮が溜息を吐く。

けれど、そんな銀次にホッとしている自分がいた。


「お前さ。あの女と付き合いたかったのか?」


浮かんだ疑問をそのままぶつければ、銀次は『まさか』と笑った後でこう言った。


「俺が好きなのは、蛮ちゃんだけだもん。」


聞いている方が恥ずかしくなる笑顔で返され、蛮は思わずニヤけそうになった口元を押さえる。


「だったら、あれでいーんだよ。それよか、他にする事があるんじゃねぇの?」


ベッドに腰を下ろし、娼婦の顔で蛮が銀次を手招いた。

華やぐホテルの一室で、共に体を重ねられるベッドも、金も、そして、相手もいて、そのまま帰る理由などあるだろうか?


「もちろん、蛮ちゃんとセック……」

「もうちっと、オブラートに包んだ言い方しやがれ!」


蛮の拳骨など物ともせずに、銀次はその体をベッドへ押し倒した。

犬ころみたいに尻尾を振りながら、自分を襲う相手を、蛮は心底愛おしいと思った。


−−あの女にゃ悪いが、誰にもくれてやるつもりはねぇんだ。


世界中の人間を敵に回して、目の前の男が手に入るのなら、こんなに容易い事はない。


「蛮ちゃん。何か言った?」

「何でもねぇよ。」


余計な詮索をさせまいと、蛮はキスで銀次の唇を塞ぐ。

胸を締め付けていた罪悪感は、愛しい者の愛撫がもたらす快楽を前に、次第に薄れていくのだった。






【あとがき】

神成様。80000HITおめでとうございます!

『銀次が何故かもててしまい、独占欲から嫉妬する蛮ちゃん』という事で、銀次の相手を誰にしようかと悩み、結果、舞矢になりました。

相手としてピッタリだったなと思ったんですが、口調がワカラナカッタorz

バカップル度数を増す為の噛ませ犬みたいになってますよね、舞矢は。いくらモテたって、銀次の蛮ちゃん以外眼中にないのです!


気に入って下されば幸いです。リクエストありがとうございましたm(__)m




コメント:

バカップルの間には割り込めないんですよ。蛮ちゃんが独占欲を表面に出すのは珍しいですよね。

蛮ちゃんの嫉妬は行動が伴うだけに銀次が喜ぶ結果にしか成らないんですね。

珍しい蛮ちゃんにドキドキしちゃいました。(焔)




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