何度も、何度もたまごは孵り、小さな蛮ちゃんはその度にオレの前に現れた。 何度目かに蛮ちゃんが孵った時に、この小さな蛮ちゃんが、オレの記憶の欠片から出来ているという事の意味を知った。それは、意外なことで自覚した。 どうしてかって? だって、蛮ちゃんの記憶を全く持たない人には、見えないんだよ。 それに、蛮ちゃんしか知らない人には見えないみたい。オレ自身が、蛮ちゃんを知っている人だと知ってないとダメなんだよ。 つまりは、そう言う事なんだ。
小さな蛮ちゃんの姿が他人に見えない事を知ってからは、オレは平気で肩に彼を乗せて街中を歩く。 他の人にはオレが独り言を呟きながら歩いているとしか思えないんだから。ま、変な人って思われたりしてるんだろうけど、そんな些細な事はかまやしない。 「あ、蛮ちゃん。ほら、そろそろハロウィンだって」 「あー、んなもん。思い出したくもねぇ」 確かに蛮ちゃんにとってハロウィンは切っても切れないものだったのだろう。だって、蛮ちゃんは『魔女』だったから。その所為でだろう、あんまりいい思い出は無かったみたい。 「も〜、そんな事は過去なの。そう割り切っちゃって、ランタン一緒につくろうよ」 「やーなこった」 これも何度か遣り取りしたハロウィンの時期の恒例の会話。結局、一度もランタンを作ってくれる事は無かったのだから、この小さな蛮ちゃんも「うん」とは言ってくれる事は無い。 「ツマンナイよぉ。一緒につくろうよ?」 「何で俺様が、んな幼稚な行事に付き合わなきゃなんねぇんだ」 ほら、やっぱり。覚えている通り。 「何で、蛮ちゃんは前の通りにしか行動できないの? 何で新しいことを覚えないの‥‥」 何もかも、オレが覚えている通りの事しかしゃべらない。行動については大きさが違うから記憶どおりに事しかしないわけじゃない。けれど、それが蛮ちゃんの記憶になる事は無い。 この、小さな蛮ちゃん自身の意志って何処にあるんだろう? この蛮ちゃんの存在価値ってなんなんだろう? しゃべる事以外なら、何もかもが初めての体験の筈なのに。
オレの頬に手を付いて、小さな手のひらをいっぱいに広げて、オレの涙をいっしょうけんめい拭ってくれた。
肩に乗せれば、襟をしっかりと掴んで、ちょこんと、安定良く座った。
顔や髪の毛までもクリームだらけにして、ケーキをおいしそうに頬張ってた。
色々な思い出が増えてきた。 なのに────
この小さな蛮ちゃんの記憶の中には、それらは欠片も残ってはいない。 何一つとして、残らない。残っていない。 その時、オレの中に一つの考えが浮かび上がってきた。それは、オレを愕然とさせるものだったけど。 どんなに蛮ちゃんがすごい存在だったとしても、死んでしまったあとまで、オレと共に思い出を作る事なんて不可能なんだ。 当たり前の事なのに、ずっと、忘れていた。 この小さな蛮ちゃんのお陰で、オレは悲しみに深く沈んでいたところから、歩き始める事が出来た。 それでも蛮ちゃんを失ったという悲しみ全てがなくなってしまったわけでは無い。けれど、この小さな蛮ちゃんの存在自体がとても哀しいものだと気付いてしまったのだ。 この、小さな愛しい存在に甘え、依存してしまっている。 オレは、一人で立てなきゃいけないのに、失ってしまった筈の当の蛮ちゃんによって、いまだに甘やかされている。
────そっか、初めに蛮ちゃんが残していったメッセージってこのことだったんだ。でも、ここまでしてくれる程には、蛮ちゃんもオレの事大事に思ってくれてたんだって、自惚れじゃ、ないって思っていいよね────
「寒くなってきちゃった。ホンキートンクに戻ろっか」 「ああ、そうだな。コーヒー飲んで、暖まりてぇ」 「蛮ちゃんってば、寒がりだもんね」 笑いあって、ゆっくりとホンキートンクへの道を辿る。
その時、オレは既に決心していた。
ホンキートンクでまったりとした時間を過ごして、ついでに腹も満たしたオレたちはアパートへと戻った。 「‥‥‥‥‥」 小さな蛮ちゃんは座卓の上で、前に貰ったおはじきで遊んでいる。あのおはじきを貰った時の事を彼は当然覚えていなかった。けれど、おきっぱなしのそれを蛮ちゃんは当然のようにおもちゃにして遊んでいる。 オレが声をかけたりしなければ、たいていがそうして一人遊びに興じている。覚えていないだけで‥‥。 「ね、蛮ちゃん」 「ん? なんだ?」 ガラスで作られたおはじきを胸に抱えたまま、きょとんとした顔で蛮ちゃんが振り返った。 「今迄‥‥、ありがとう、ね。こんなダメな奴なのに‥さ。見捨てたりしなくて‥さ。ありがとう。大好きだったよ」 「‥‥‥‥‥‥そっか‥‥‥‥。決心が付いたのか」 それはオレの記憶には無い蛮ちゃんの言葉だった。 きっと、最初の時と同じ、蛮ちゃんからの大事なメッセージだ。 「思ったよりは、早かった‥‥かな。お前の事だから、一年や二年はぴーぴー泣いているんじゃないかと、思ってた」 「酷いなぁ。オレはもう20歳なんだよ? 少しは大人になったんだよ」 「ああ、そうだな。ちょっとは感心したかな。ちゃんと大人になったんだなって。‥もう、大丈夫、なんだな?」 蛮ちゃんの言葉に、オレは真剣な顔で頷いた。 「そっか。ちょっと安心した。思ったよりも早いけど、俺はこれで本当に眠る。たまごはマリーアにでも押し付けちまえ。持っていても未練だけが残っちまうからな。じゃあ‥‥。ま、これで最後だしな。愛してたぜ、銀次。こんな風に思った奴なんて‥‥お前だけだ」 そうして、小さな蛮ちゃんは消えた。 後には青いたまごだけが残された。 「‥‥‥っっ。蛮ちゃん‥ずるいよぉ‥‥、そんな、事‥‥最後に、言う‥なんて‥‥」 涙が溢れた。 絶対に蛮ちゃんからはもらえないと諦めていた『言葉』 非常に照れ屋な所のある彼は到底他の人がいる場でなんてそんな言葉を口に出来る筈もなく、そのまま目覚めない眠りについてしまったのだから。
その晩──── オレは声を殺して泣いた。 今初めて、蛮ちゃんが死んだことを受け入れたのだった。
夜通し泣き明かしたオレは、翌日になってから泣き腫らした目のままでマリーアさんを訪ねた。 そうして、蛮ちゃんのたまごを預かって欲しい、と告げると、何も言わずに頷いてくれたのだった。
蛮ちゃんのたまご いつか、小さな蛮ちゃんの思い出で、小さな蛮ちゃんが孵るといいな。
オレは漸く彼の死に正面から向き合うことが出来たのだった。 そして、彼には永遠に訪れる事の無い、『未来』に向って大きく一歩を踏み出した。
コメント:原案はよしのさんです。本来の彼女の話とは当然の事、違います。ってか焔自身も完全に覚えているわけじゃないし、一回聞いただけじゃあらすじ覚えてるだけが精一杯ですよ。 ま、よしのさん当人もどんな話だったのか忘れたといってますんでこれで良しってことにしてください。焔。
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