いつもの音が聞えない。 今は夜中の11時。新宿という街が眠るにはまだ早い時間。なのに、街の喧騒は遠い世界の様。 原因は、夕方から降ってきた雨の所為だ。 今も激しく降っていて、他の音を押しやってしまっている。 隣の運転席に座っているのに、蛮の呟く声が聞えない。 「え? 何? 蛮ちゃん」 「‥‥‥。何でもねぇよ」 ふっと目を逸らし、そっぽを向いてしまった。 ‥‥嘘ばっかり‥‥ 蛮ちゃんは、気付いて欲しいってサインを出しているのに、気付かれたくは無いらしい。矛盾した想いが交差してる。 その所為で、動けないのだろう。 「‥‥。雨、すごいね。今日はもっと冷え込みそうだよ?」 薄い毛布に蓑虫のように包まっている蛮ちゃんにそう囁けば、不機嫌そうな視線が返ってきた。 「んなこたぁわあってるよ!」 よく見れば、既に小刻みに震えてる。今の言葉だって震えてたし。 「んじゃ、こっちに来ない? くっ付いてた方が暖かいよ?」 でも、きっと直ぐにOKはしないだろうね。だって、それが『美堂蛮』という人だから。 「‥‥‥‥‥」 案の定、返ってきたのは無言の視線だった。こっちの真意を探ってるのかなぁ。ま、こっちの真意はいかに蛮ちゃんでもきっと分からないだろう。だから、直ぐ俺の提案にOKはしないはず。その方がこっちにとっては都合が良い。 俺が、何を企んでいるのかって? そんなに難しいことじゃないんだ。 ただ、蛮ちゃんに、日付が変ったときに暖かい抱擁をあげて囁きたいだけ、なんだ。 そう、明日の12月17日に。 あと1時間弱。それで日付は変る。 待ち遠しい。でも、ちょっと恐い、かな。 だって、蛮ちゃんにとって『誕生日』って言う言葉自体が一種の禁句だし。 きっと、殴られるんだろうなぁ‥‥‥‥。仕方が無いけど。 「寒いんでしょ?」 「‥‥‥‥」 あ、迷ってる。蛮ちゃん、サングラスしてるから気付いてないと思ってるけど、目が泳いでるよ? ちょっと顔を逸らすのは、誤魔化したい時の蛮ちゃんの癖。そういう時、大抵目線の逸らされていて、泳いでる。 俺のことを注視しないのは、彼の優しさ。けれど、それは同時に彼の心の傷を垣間見せるモノ。 失う事が、恐いのだ。 それは俺も同じだよ? 気付いてる? ねぇ、蛮ちゃん。 時間は刻々と迫っている。 「ね、ほら、おいでよ」 時間まであとわずか。俺は強引に蛮ちゃんの肩に手を回して引き寄せた。 てんとう虫の助手席のシートにすっぽりと2人で収まった。 「何すんだ!」 「蛮ちゃん!」 蛮ちゃんの怒りなんてそっちのけで、ぎゅっと抱きしめた。 「誕生日、おめでとう。生まれてきてくれて、ありがとう。今迄生きてきてくれて、ありがとう」 「あ…、って、ありがとう?」 「うん。蛮ちゃんが生まれてきてくれなかったら、俺は蛮ちゃんに会えなかったでしょ? だから、ありがとう、なんだよね」 にっと、笑うと彼は照れたように、ちょっと赤くなった。蛮ちゃんてば、かわい〜。 「でね、誕生日のプレゼント、モノはあげる事が出来ないから、蛮ちゃんを暖めてあげることにしたんだ。1人で寒さに震えてないでさ。俺は蛮ちゃんを暖めてあげる事は出来るよ? まだ、それくらいしか出来ないけど、俺の目標は頼れる男なのです!」 あ、くすくすと蛮ちゃんが笑ってる。酷いな〜、俺、本気なのに。 「サンキュ、銀次」 小さな呟きだったのに、それははっきりと俺の耳に届いた。 「えへ‥‥って? 雨、止んだの?」 気付けばさっきまでの煩い雨音が消えていた。 そっか、だから、蛮ちゃんの小さな呟きが聞えたんだ。 「銀次、雪だ!」 フロントガラスの外を見れば、真綿のような、天使の羽根のような、白いふわふわの雪が降っていた。 「ホントだ。初雪だ〜」 「冷えるわけだな」 「積もるかな?」 「それは無いな」 「なんで?」 「雨が降って、下が濡れてるからな。この程度の降り方じゃ、地面に落ちたら直ぐに溶けちまう」 「そっか。って、これってさ、なんか天がくれた誕生日プレゼントかも」 「こんなに寒ぃプレゼントなら、俺はごめん被る! それより、暖かい銀次のプレゼントの方が‥‥」 最後の方になると小さな声になってしまっていた。判ってるよ、蛮ちゃん。 「うん。一生懸命、暖めてあげるね」 俺は、ぎゅっと蛮ちゃんを抱きしめたのだった。
君が生まれた日だから 今日は、世界に俺は感謝するよ。 『生まれてきてくれて、ありがとう。今迄、生きてきてくれて、ありがとう』 そして─── 『俺と、出会ってくれて、ありがとう』
コメント: とりあえず、TOPだけではと、慌てて書きました。文字の変換ミスは笑って許してね。見直す時間が無いの!!(焔)
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