■素直じゃないキミと頼りないボク
-------------------------------------------------------------------------------- 「ねぇ。絶対そうだって!」 「違う。」 「変に意地張らないでよ。蛮ちゃんは、絶対風邪引いてるってば!」 「さっきからしつけーぞ!本人が違うっつてんだから、違うんだよ!」
不機嫌に頬を膨らませ、蛮ちゃんは俺から離れて行ってしまった。とはいえ、小さなアパートの部屋じゃ、視界からいなくなるような事にはならない。 最大限に離れられる俺と反対側の窓に寄りかかって、蛮ちゃんはぼんやり外を眺め始めた。
うまく隠してるつもりなの? 隠したってわかっちゃうんだよ。蛮ちゃん。
いつもより少ない煙草の数。 浅くて速い呼吸。 そうやって、ぼんやりしてる時間が増えた。
俺の事は自分以上に心配するのに、自分の事は全然気にしない。自分はどうだっていいみたいな態度。 それって、時々、どうしようもなく俺を悲しくさせるって事、蛮ちゃん気付いてる?
「蛮ちゃんがそういう態度とるんだったら、俺も強行手段とっちゃうんだからね!」
悲しい気持ちを吹き払うように、高らかに宣言して、俺はずいっと蛮ちゃんに近づいた。
「何する気だ?て…っ」
逃げ出そうとした蛮ちゃんをあっさりと壁に追い詰めて、一気に唇を奪った。するりと舌を入れたら、蛮ちゃんの口の中は驚く程に熱かった。 唇で蛮ちゃんの唇を覆う様に塞いで、上顎をなぞり、舌で舌を撫でては絡ませる。それも何度も何度も。 風邪のせいでただでさえ呼吸が苦しい所へ、こうして唇を奪われては、さすがの蛮ちゃんも真っ赤な顔をした。 やっとの事で唇を解放した時には、蛮ちゃんはすっかり腰が砕けてしまっていた。
「…っざけんなよ。何のつもりだ?」 「蛮ちゃんが大人しくしてくれないから、大人しくさせただけだよ。それに、今のキスで蛮ちゃんに熱があるのもわかったしね。」 「あんなので、わかるわきゃねぇだろ?」 「じゃあ。試してみる?38,2℃はあるね!」 「ああ。やってやろうじゃんか!」
こういうの、売り言葉に買い言葉って言うんだっけ? 不機嫌を絵に描いたような蛮ちゃんの仏頂面の先には、『38,2』と表示された体温計があった。
「ほーら。やっぱり、熱あったじゃん。」 「小数点第一位まできっちり当てやがって。」 「へっへー。蛮ちゃんの事なら何でもわかっちゃうんだからねv。」
やっと布団に入ってくれた蛮ちゃんに一安心した俺は、エプロンのヒモをキュッと結んだ。
「蛮ちゃん。待っててね。今、おいしいお粥作るから。」 「作るって誰が?何を?」 「だから、俺が蛮ちゃんの為にお粥作ってあげるって言ってんの!」 「ばっ。てめぇに作れるわきゃねぇだろ。」 「大丈夫だって。」
昨日から具合悪そうにしてたから、念のため波児さんに色々貰ってきてたんだ。 お粥の作り方だってバッチリなんだから。
小さな鍋にお米と水を入れてっと。
「ああ。米入れ過ぎ。米は膨らむから溢れるぞ。」
あとは、塩入れて…
「だーっ。そんなに入れたら塩辛いだろうが。」
「もぉ!蛮ちゃんは黙っててよっ。お粥くらい作れるってば。」 「危なっかしくて黙っていられるか。」 「大丈夫だから、蛮ちゃんはあっちで寝ててよ。」
ぐいぐいと蛮ちゃんの背中を押して、台所から追い出すとピシャリとガラス戸を閉めた。 それでも、ガラス戸の向こうで蛮ちゃんは、紫の瞳を不安そうに覗かせる。 それを怯まずに睨み返したら、渋々戻っていった。
「もう、こういう時くらい俺に任せて甘えてくれればいいのに。」
それは、素直じゃない君のせい? それとも、頼りない俺のせい?
寂しく呟いて顔を上げたら、ギョッとした。
「うわぁ!」 「どうした?銀次…って、なんじゃこりゃ!」
俺の声にすぐに飛んできた蛮ちゃんも叫んだ。 蛮ちゃんの言った通り、小さな鍋に納まりきれずに溢れ出たお粥が、ゴボゴボと不気味な音をさせて台所を侵略してきたのだ。
「どどどーしよう。」 「ぼーっとしてんな!まずガス止めて、鍋を流しで冷やして。あと、雑巾持って来い。」
蛮ちゃんのテキパキとした指示に俺はただ従うだけ。
「いいよ。あとは俺がやるから。」 「お前に任せたからこうなったんだろ?いいから、貸せ。」
俺から雑巾を奪うと、お粥まみれの台所を片付け始めた。
情けないな、俺。 蛮ちゃんをゆっくり休ませたいだけなのに。
ドサっという重いものが落ちた様な音を背後に感じ、俺は振り返った。蹲る様にして蛮ちゃんが倒れている。
「蛮ちゃん!!」
駆け寄って抱えたら、さっきより体が熱くなっているのがわかる。
「大丈…夫。」
払い除けようとする手は弱々しくて、それでも頼ろうとしない態度に耐えられなくて、俺は蛮ちゃんをその場に押し倒した。 細い首筋に噛み付く様にキスしたら、抱えた以上に蛮ちゃんの体を襲う熱の熱さが伝わった。
「…てめっ、何考え…てんだよっ。」 「大丈夫なんでしょ?だったら、俺を払い除ければいいじゃん。いつもの蛮ちゃんなら簡単でしょ?」
意地の悪い言い方。
俺は何処か怒ってた。
素直に頼ってくれない蛮ちゃんに。 頼りない俺自身に。
両手をついた俺の体の下で、蛮ちゃんは僅かに動いた。 蹴り飛ばされるか、殴られるか覚悟していたけど、伸ばされた腕は意外にも俺の首に絡み付いた。
「ば、蛮ちゃん?」 「ほれ。とっとと運べ。俺様は病人なんだからよ。」 「え?」
急に変わった態度に、俺はオロオロするばかりで。 蛮ちゃんを見れば、ふわりと微笑まれた。
「情けねぇ面してんじゃねぇよ。ったく。」 「え?俺、そんな情けない顔してた?」 「してたしてた。人の事押し倒してるくせして、今にも泣きそうな顔してよ。しょうがねぇから、てめぇの言う通りにしてやるよ。」
赤い頬は、何も熱のせいばかりじゃないみたい。 本当、蛮ちゃんって素直じゃないんだから。
「じゃあ。早速、運んじゃうね。」
蛮ちゃんの背中に腕を回し、膝の裏にも腕を通してひょいっと抱え上げた。途端に、蛮ちゃんの表情が曇り出す。
「…何で、『お姫様抱っこ』なんだよ?!」 「『運ぶ』って言ったら、やっぱりコレだよね。」 「オンブするとか、肩貸すとかあるだろうが!」 「いいからいいから。」
何か言いたそうに蛮ちゃんは口を開きかけて、けれども、フッと表情を崩した。優しく微笑むその顔があんまりにも綺麗で…。 蛮ちゃんが風邪引いてなかったら、押し倒しちゃってるくらい。
「お粥も作り直さなきゃね。あと、薬でしょ?汗かいたら体も拭いてあげるね。」 「張り切るのも大概にしとけよ。」 「大丈夫。蛮ちゃんも何でもワガママ言ってね。」 「それじゃ…。」
布団の中でニンマリと微笑むその頭に、俺は悪魔の角が見えた気がした。 小さく手招きされて、俺は蛮ちゃんの口元に耳を近づけた。
「・・・・・。」
「え?」
コトリと胸の奥に落とされた言葉。
ねぇ?少しは俺も頼りになるかな? 蛮ちゃんを支えてあげる事は出来るかな?
−−それじゃ、俺の側にいろよ…
蛮ちゃんの言葉が宝物みたいに光ってる。
【あとがき】 神成焔 様。31000HITおめでとうございます。 リク内容が『風邪を引いた蛮ちゃんを休ませたい銀次』という事でしたので、あれこれやらせてみました。ギャグにしたいんだか、シリアスにしたいんだかわからない内容ではありますが、気に入って下されば幸いです。 リクエストありがとうございました。
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