素直じゃないキミと頼りないボク

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「ねぇ。絶対そうだって!」

「違う。」

「変に意地張らないでよ。蛮ちゃんは、絶対風邪引いてるってば!」

「さっきからしつけーぞ!本人が違うっつてんだから、違うんだよ!」


不機嫌に頬を膨らませ、蛮ちゃんは俺から離れて行ってしまった。とはいえ、小さなアパートの部屋じゃ、視界からいなくなるような事にはならない。

最大限に離れられる俺と反対側の窓に寄りかかって、蛮ちゃんはぼんやり外を眺め始めた。



うまく隠してるつもりなの?

隠したってわかっちゃうんだよ。蛮ちゃん。


いつもより少ない煙草の数。

浅くて速い呼吸。

そうやって、ぼんやりしてる時間が増えた。



俺の事は自分以上に心配するのに、自分の事は全然気にしない。自分はどうだっていいみたいな態度。

それって、時々、どうしようもなく俺を悲しくさせるって事、蛮ちゃん気付いてる?




「蛮ちゃんがそういう態度とるんだったら、俺も強行手段とっちゃうんだからね!」


悲しい気持ちを吹き払うように、高らかに宣言して、俺はずいっと蛮ちゃんに近づいた。


「何する気だ?て…っ」


逃げ出そうとした蛮ちゃんをあっさりと壁に追い詰めて、一気に唇を奪った。するりと舌を入れたら、蛮ちゃんの口の中は驚く程に熱かった。

唇で蛮ちゃんの唇を覆う様に塞いで、上顎をなぞり、舌で舌を撫でては絡ませる。それも何度も何度も。

風邪のせいでただでさえ呼吸が苦しい所へ、こうして唇を奪われては、さすがの蛮ちゃんも真っ赤な顔をした。

やっとの事で唇を解放した時には、蛮ちゃんはすっかり腰が砕けてしまっていた。


「…っざけんなよ。何のつもりだ?」

「蛮ちゃんが大人しくしてくれないから、大人しくさせただけだよ。それに、今のキスで蛮ちゃんに熱があるのもわかったしね。」

「あんなので、わかるわきゃねぇだろ?」

「じゃあ。試してみる?38,2℃はあるね!」

「ああ。やってやろうじゃんか!」



こういうの、売り言葉に買い言葉って言うんだっけ?

不機嫌を絵に描いたような蛮ちゃんの仏頂面の先には、『38,2』と表示された体温計があった。


「ほーら。やっぱり、熱あったじゃん。」

「小数点第一位まできっちり当てやがって。」

「へっへー。蛮ちゃんの事なら何でもわかっちゃうんだからねv。」



やっと布団に入ってくれた蛮ちゃんに一安心した俺は、エプロンのヒモをキュッと結んだ。


「蛮ちゃん。待っててね。今、おいしいお粥作るから。」

「作るって誰が?何を?」

「だから、俺が蛮ちゃんの為にお粥作ってあげるって言ってんの!」

「ばっ。てめぇに作れるわきゃねぇだろ。」

「大丈夫だって。」


昨日から具合悪そうにしてたから、念のため波児さんに色々貰ってきてたんだ。

お粥の作り方だってバッチリなんだから。



小さな鍋にお米と水を入れてっと。


「ああ。米入れ過ぎ。米は膨らむから溢れるぞ。」


あとは、塩入れて…


「だーっ。そんなに入れたら塩辛いだろうが。」




「もぉ!蛮ちゃんは黙っててよっ。お粥くらい作れるってば。」

「危なっかしくて黙っていられるか。」

「大丈夫だから、蛮ちゃんはあっちで寝ててよ。」


ぐいぐいと蛮ちゃんの背中を押して、台所から追い出すとピシャリとガラス戸を閉めた。

それでも、ガラス戸の向こうで蛮ちゃんは、紫の瞳を不安そうに覗かせる。

それを怯まずに睨み返したら、渋々戻っていった。


「もう、こういう時くらい俺に任せて甘えてくれればいいのに。」




それは、素直じゃない君のせい?

それとも、頼りない俺のせい?



寂しく呟いて顔を上げたら、ギョッとした。


「うわぁ!」

「どうした?銀次…って、なんじゃこりゃ!」


俺の声にすぐに飛んできた蛮ちゃんも叫んだ。

蛮ちゃんの言った通り、小さな鍋に納まりきれずに溢れ出たお粥が、ゴボゴボと不気味な音をさせて台所を侵略してきたのだ。


「どどどーしよう。」

「ぼーっとしてんな!まずガス止めて、鍋を流しで冷やして。あと、雑巾持って来い。」


蛮ちゃんのテキパキとした指示に俺はただ従うだけ。


「いいよ。あとは俺がやるから。」

「お前に任せたからこうなったんだろ?いいから、貸せ。」


俺から雑巾を奪うと、お粥まみれの台所を片付け始めた。



情けないな、俺。

蛮ちゃんをゆっくり休ませたいだけなのに。



ドサっという重いものが落ちた様な音を背後に感じ、俺は振り返った。蹲る様にして蛮ちゃんが倒れている。


「蛮ちゃん!!」


駆け寄って抱えたら、さっきより体が熱くなっているのがわかる。


「大丈…夫。」


払い除けようとする手は弱々しくて、それでも頼ろうとしない態度に耐えられなくて、俺は蛮ちゃんをその場に押し倒した。

細い首筋に噛み付く様にキスしたら、抱えた以上に蛮ちゃんの体を襲う熱の熱さが伝わった。


「…てめっ、何考え…てんだよっ。」

「大丈夫なんでしょ?だったら、俺を払い除ければいいじゃん。いつもの蛮ちゃんなら簡単でしょ?」


意地の悪い言い方。



俺は何処か怒ってた。


素直に頼ってくれない蛮ちゃんに。

頼りない俺自身に。



両手をついた俺の体の下で、蛮ちゃんは僅かに動いた。

蹴り飛ばされるか、殴られるか覚悟していたけど、伸ばされた腕は意外にも俺の首に絡み付いた。


「ば、蛮ちゃん?」

「ほれ。とっとと運べ。俺様は病人なんだからよ。」

「え?」


急に変わった態度に、俺はオロオロするばかりで。

蛮ちゃんを見れば、ふわりと微笑まれた。


「情けねぇ面してんじゃねぇよ。ったく。」

「え?俺、そんな情けない顔してた?」

「してたしてた。人の事押し倒してるくせして、今にも泣きそうな顔してよ。しょうがねぇから、てめぇの言う通りにしてやるよ。」


赤い頬は、何も熱のせいばかりじゃないみたい。

本当、蛮ちゃんって素直じゃないんだから。


「じゃあ。早速、運んじゃうね。」


蛮ちゃんの背中に腕を回し、膝の裏にも腕を通してひょいっと抱え上げた。途端に、蛮ちゃんの表情が曇り出す。


「…何で、『お姫様抱っこ』なんだよ?!」

「『運ぶ』って言ったら、やっぱりコレだよね。」

「オンブするとか、肩貸すとかあるだろうが!」

「いいからいいから。」


何か言いたそうに蛮ちゃんは口を開きかけて、けれども、フッと表情を崩した。優しく微笑むその顔があんまりにも綺麗で…。

蛮ちゃんが風邪引いてなかったら、押し倒しちゃってるくらい。


「お粥も作り直さなきゃね。あと、薬でしょ?汗かいたら体も拭いてあげるね。」

「張り切るのも大概にしとけよ。」

「大丈夫。蛮ちゃんも何でもワガママ言ってね。」

「それじゃ…。」


布団の中でニンマリと微笑むその頭に、俺は悪魔の角が見えた気がした。

小さく手招きされて、俺は蛮ちゃんの口元に耳を近づけた。




「・・・・・。」



「え?」




コトリと胸の奥に落とされた言葉。




ねぇ?少しは俺も頼りになるかな?

蛮ちゃんを支えてあげる事は出来るかな?








−−それじゃ、俺の側にいろよ…





蛮ちゃんの言葉が宝物みたいに光ってる。






【あとがき】

神成焔 様。31000HITおめでとうございます。

リク内容が『風邪を引いた蛮ちゃんを休ませたい銀次』という事でしたので、あれこれやらせてみました。ギャグにしたいんだか、シリアスにしたいんだかわからない内容ではありますが、気に入って下されば幸いです。

リクエストありがとうございました。


キリリクで頂きました。焔の予想以上のお話で、す〜〜〜〜ごく、好きですv goto様、ありがとうございます〜。これからも懲りずに、お付き合いしてやってくださいませ〜(焔)



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