朝からしとしとと雨が降っている。 風も強く、雨は横殴り状態に降っていて、傘なんか全く役に立ちはしない。 公園脇に停めたてんとう虫の運転席で、蛮は本日何度目かのため息をついた。 「ば、蛮ちゃん‥‥その‥‥今日、何かあったわけ?」 不機嫌さ丸出しの蛮に、銀次は恐る恐る問い掛けた。 朝起きてから、外の現状を目にしてから、ずっと不機嫌な蛮に銀次は首を捻っていたのだ。 「なんでも、‥‥ねぇよ」 蛮はそう呟くとぷいっとそっぽを向いた。 「?」 銀次はますます首を傾げた。
昼近くなっても雨は止む気配は無い。 が、風は少々弱くなっていた。 横殴りの雨だったのが、今は普通に傘で何とかなる程度だ。 とはいえ強い降りなのにはたいして変わりは無い。 昨日てんとう虫に戻る時に、小降りの雨に念のためと、いくつかのパンと蛮愛飲のタバコをコンビニで購入してきたから、この土砂降りの雨の中、すぐに外に出かけなければならない用事がある訳ではない。 こんな雨の日にはビラ配りや看板持っての客引きなんて無理な事。 だから、今日は何もしなくて只、だらだらと暇を持て余す一日になるだけのはず。 だからこそ朝から蛮のどこかそわそわと落ち着かない様に銀次は首を捻るしかない。 (一体、何なんだろ?) 落ちつかなげに視線を外へと向けた蛮を横目でちらちらと窺いながら、銀次は溜め息をついた。 てんとう虫のナビシートに背を預け後ろ座席に置かれたままのコンビニ袋の中から大きなパンを一つ取り出した。 封を開け、パクりとかじる。 時刻はすでに12時を過ぎている。 それでも雨は止まずに降り続いている。 「今日は、止みそうにないね」 モゴモゴとパンを頬張りながら呟けば「そうだな‥‥」と、いかにも不機嫌な蛮の呟きが返ってきたのだった。 「ねぇ‥‥、本当に、何怒ってるの?オレ、何かした?」 「‥‥お前のせいじゃねぇよ‥気にすんなよ‥」 「そんなの、無理! だって蛮ちゃん、朝からずっと不機嫌じゃない」 「本当に、お前のせいじゃねぇ。しつこい!」 こうなるとてこでも蛮は話してはくれない。 ぶすっと頬を膨らませて銀次はぷいっとそっぽを向いた。 「もうっ‥‥蛮ちゃんのバカ!」 そのまま、てんとう虫の中では、会話が無くなった。
只、何もせずに過ぎて行くだけの時間は酷くのろのろして感じられる。 胸にぽっかりと穴が開いているかの様にも思えてしまう。 銀次はなんだか哀しくなってしまった。 夕方に差し掛かる頃には雨はかなり小降りになってきた。 「どこ、行くの?」 無言でドアを開け、外へ出ようとする蛮に、銀次はそう問い掛けた。 「野暮用。そんなに時間はかからねぇから、待ってろよ」 そう言い残し、傘も射さずに走って行ってしまった。 それを見送ってから、大きな溜め息をつく。 何か予定があって朝からそわそわしてたのか、と銀次は落ち込んだ。 それほど自分と別行動したかったのか。 (嫌われたのかなぁ‥‥) フロントガラス越しの外は、雨ですっかりと散ってしまった桜の木が見える。 つい先週頃には、今を盛と咲き誇っていた木だった。 「なんだか‥、淋しい‥‥なぁ」 ぽつりと零れた言葉は、誰にも届かなかった。 と、フロントガラスの向こうから、走って戻って来る蛮が見えた。 本当にすぐに戻って来たのだ。 「ハァ‥ハァ‥小降りに、なった‥つっても、結構濡れるな‥」 息を整えながら、手に持ったコンビニ袋の中を探りだした。 「コンビニに行って来たの?タバコとかパンとか飲み物なら、まだ残ってるよ?」 「ああ、知ってる」 「じゃあ、何買って‥‥」 銀次の前にそれはひょいっと差し出された。 白いショートケーキ。 上には真っ赤な苺がちょこんと乗っていた。 「誕生日、おめでとう銀次」 「え?‥‥あ、今日って19日じゃん」 「‥‥忘れてたのかよ‥」 蛮はあからさまな溜め息をついた。 「コンビニケーキでわりぃけどな。あんまり金ねぇし」 そう言ってプラスチックのパッケージを開け、ケーキを一つ、自分の手に取って、もう一つをそのまま銀次に差し出した。 「ありがとう、蛮ちゃん」 嬉しくなって、笑顔で受け取った。 「あんまり雨が酷くってな、買いに行く事も無理そうだったんで、な。‥‥だから、お前のせいじゃねぇって‥」 照れて少し朱に染まった顔で、朝から不機嫌だった訳をボソボソと呟いて教えてくれた。 (そっか、そわそわしてたのはケーキが売切れたらどうしようとか、少しでも早くとか、考えてくれてたせいなんだ) 不器用な、蛮の優しさ。 不慣れな筈だから、それでも何とかしようと、一生懸命考えたに違いない。
2人でケーキを食べ終えて、ふと外を見れば、すっかりと雨は止んでいた。 「お、止んだじゃねえか。そういえば夜はホンキートンクで、パーティだって言ってたぞ」 「ホント? やったぁ」 夕焼けに赤く染まった空。 それに照らされた蛮の顔も、赤かった。
────パーティより早く、誰よりも先に祝ってやりたかった。 一番に『おめでとう』と言ってやりたかった。 それを言われた時のくすぐったいような嬉しさを、俺に教えてくれたから────
「あ、っと。忘れてた。銀次、このセカイに生まれてきてくれて‥‥、ありがとう、な」 ───こんな、捻くれた俺のことを、理解しようとしてくれて、信じてくれて、ありがとう───
声に出さなかった想いまで伝わったかの様に、ひまわりのような笑顔の銀次が、そこに居た。
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