12月24日。 世の中はクリスマスイブを満喫している日だ。 現に夏実やレナは友人宅にクリスマスパーティーに呼ばれていて、今日は休みにしてもらっている。 「蛮! 俺からの依頼だ。料金はツケ代金の一部チャラでどうだ?」 「………1万程度なら、受けねえぞ」 「ったく、じゃ、10万でどうだ?」 「もう一声!」 「………15。これ以上はダメだ!」 「よっしゃ、15で手を打とう! で、依頼内容は?」
カウンター越しに冒頭の会話が繰り広げられた後は、奥のボックス席に移動して会話が進められた。 それそれの前には湯気の立つ、入れたてのコーヒーがあった。 「依頼の内容はだな、極簡単なものだ。一人暮らしの女性の心の平安の奪還だな」 「一人暮らしの、女性の?」 「ああ、息子とずっと昔に別れたきりなんだってよ」 「で? 何をすれば仕事の完了になるんだ? 息子の夢でも見せてやればいいのか?」 「いや、息子代わりに、共にクリスマスパーティーをしてくれれば良いそうだ。それが、彼女の長年の夢なんだそうだ」 波児の話を聞いて蛮は固まった。 「波児さん、もっと具体的には?」 「これを持ってたな、彼女のところに行って、一緒にパーティして来いって、ことさ」 波児が冷蔵庫から取り出したのはクリスマス用にと作られたケーキ、ブッシュ・ド・ノエルだ。 「……、俺は、降りる。この仕事は出来ねぇ…」 「ダメだよ、蛮ちゃん。一度引き受けたんなら、ちゃんと最後までやり遂げなきゃね?」 「でもよ、…俺は…」 「蛮、お前は聡いから、相手が誰か既に分かっていると思うが、逃げるなよ。今は他人のフリでも良いんだ。だから、逃げないでくれ」 「……波児………」 「ね? 行こうよ。蛮ちゃん」 銀次が優しい笑みで蛮を促した。 「わあったよ。…とりあえず…、行くだけは、行く。……でも……」 蛮はゆっくりと立ち上がった。
ピンポーン
躊躇いがちに押された呼び鈴は、それでもしっかりとした音を伝え、蛮はびくりと身を竦ませた。 「やっぱり………」 「大丈夫だよ。オレもいるんだから、ね?」 銀次に半ば支えられるようにして、蛮は震える足に力を込める。 呼び鈴の横にあるネームプレートには丁寧な字で[美堂]と書かれてあった。 カチャリ、と鍵が外れる音がして、扉がゆっくりと開いた。 「……いらっしゃい。来てくれてありがとう。さぁ、寒かったでしょう? 中に入って…ね?」 彼女は緊張しているのか、早口に言い切った。 「え…あ、…うん」 「ホラ、蛮ちゃん」 銀次が促して二人は室内へと足を踏み入れたのだった。
「これ、ケーキ…」 「まぁ、持ってきてくれたの? ありがとう」 彼女は少女めいた明るい笑顔で答えた。 「ごめん…、俺…は、……」 「いいの。今日のこのパーティーの間だけ、息子ってフリをしてくれれば、それで十分よ。ごめんなさいね…、母親、失格よね」 蛮はゆっくり首を横に振った。 「蛮ちゃん! お母さん! メリークリスマス!」 湿っぽくなった、微妙な空気をつんざいて、銀次の明るい声とクラッカーの音が鳴り響いた。 「うわっ…って、銀次! 驚かすな!」 「はい、蛮ちゃんもお母さんも、クラッカーひいてよ」 「あ、そうね。メリークリスマス! 今日だけの2人の息子に」 パン! 「メリークリスマス! 歩み寄ってくれてありがとう!」 パンッ! 「メリークリスマス〜。うわぁ、なんだかわくわくするねぇ」 「ふふふ、ありがとう。えっと、銀次君でいいのかしら?」 「うん」 「お料理、張り切っていっぱい作ったのよ。二人とも沢山食べてね」 「わあ〜い。お腹ぺこぺこ何だよね、蛮ちゃん!」 「え? あ、ああ」
本当に沢山の料理が並んだテーブルに銀次はキラキラとした笑顔を浮べ、そんな銀次の笑顔に誘われるように、蛮も満面の笑顔になって、笑い出す。
夢見たような暖かな家族のクリスマスパーティーは、今始まったばかりだった。
終わりました〜。短いし微妙な話ですみません。 何となく、蛮ちゃんとお母さんの打ち解ける話をかきたくなったんです。 尤も、2人とも「銀次」というクッションがなければなかなか普通に振る舞えないようですが。 なにはともあれ、ここまで読んでくれた皆様、メリークリスマス! ありがとうございます。(焔)
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