ほんの小さな祈り
2人がGBを継いでまだ一年たたない頃、ホンキートンクで夏実がバイトを始めて4ヵ月ほどたった頃にその日はやってきた。
12月16日
店番をGBの2人にまかせ(客が入らないように店の入り口の看板は準備中になっている)
波児は夏実と買い出しに来ていた。
「えっと‥玉子、小麦粉、砂糖、粉糖、ベーキングパウダー、無塩バター、、生クリーム、苺、板チョコ‥‥。マスター、こっちのメモのものは全部あります」
「ん‥。ああ、あとそこのクラッカーを入れてくれ」
「5個いりのやつでいいですか?」
「ああ、それで良い」
結構な量になった買い物をきっちりと袋に詰め込んで2人はホンキートンクへと戻り始めたのだった。
「今回買ったものについて、店に戻っても奴らには話さないでおいてくれるか?」
「え? 銀ちゃんと蛮さんにですか?」
「ああ、そうだ」
その為にちょっと見ただけでは何が入っているのかわからないようにきっちりと詰めたのだから。
「店に戻ったら、今買ったものは全部、奥のストック用の冷蔵庫に入れてくれ。どうせ、夜にすぐ使うから、事情はその時に話すよ」
「良く分からないですが…。いつもの買出しだってことにすれば良いんですね」
「ああ、頼むな」
店はもう目と鼻の先であった。
GBの2人を店から追い出した後、波児は夏実を手招いた。
「これからケーキを作るから、手伝ってくれないか?」
「ええ、勿論ですが、ケーキって?」
「実はなぁ、蛮の奴の誕生日が明日なんだ」
「ええ〜〜!!! 明日なんですかぁ!」
「でもな、奴は誕生日を祝われたくないんでな…」
「え? 何で?」
「その辺まではわからんが、きっと色々あるんだろうな。だから、そっとケーキだけでも出してやろうと思ってな」
「蛮さんって自分の事、あまり話しませんもんね。分かりました! 内緒にすればいいんですね」
「ああ、いつもと変わりなく振舞ってくれ」
2人は黙々とケーキを作ったのだった。
そうして、次の日。
作ったケーキはわざわざホールから切り分けられて、冷蔵庫にしまわれている。
「ちぃ〜す」
「こんにちは〜」
いつものようにGBの2人は店へと訪れたのだった。
「こぉら、ちっとはツケ返せよ。年末だろうが」
「わあってるって、ど〜んと倍にすっからよ」
「だから、ごはん食べさせてください」
「ったく、しょうがねぇ奴らだ。ああ、そうだ。コイツの味見をしてくれるんなら、今日の分はおごりにしてやろう」
そう言って、波児が取り出したのは昨日作ったケーキだった。
それを見た、ほんの一瞬だけ、蛮の顔が顰められたが夏実も銀次も気付かなかった。
「うわぁ、おいしそ〜! ケーキだぁ。味見する、幾らだってしちゃうよ〜」
銀次はおもいもよらない食べ物に素直に喜んでいた。
「………」
「ほら、蛮も味見するんだろ?」
「すりゃあいいんだろ! ったく、よりによって今日かよ!」
「今日じゃ、なにかマズいのか?」
「……っち、何でもねぇよ」
波児は蛮の前にもケーキを置いた。
そうして、2人の横にそっとクラッカーをちょこんと立てた。
「波児……、あんた……、知ってるのか!」
「ん? 何の事だ?」
「……ッチ。くえねぇオヤジだぜ、まったく」
「蛮ちゃん? どうかしたの?」
「何でもねぇよ」
「クラッカーはオマケだ。クリスマスの本番にでも気分だけでも味わうんだな」
「ありがと〜。そっか、クリスマスってもうすぐなんだ〜、その為のケーキなんだね」
「そうだな。それまでに少しでも貯まりだしたツケを返せよ」
「あ、あはははは…。お仕事、あると良いねぇ蛮ちゃん」
なんでもない日常を装って、それでもそっと波児は蛮の誕生日を祝ってやった。
夏実も、昨日念を押したからか、何も言わずにいつものように2人と話している。本当に良い子だ。
もっと、素直になれたらいい。
きっとそんな日が必ず来ると信じてる。
波児はひっそりと祈る。
いつか、賑やかに祝える日が来るように、と。
「蛮ちゃん、おめでと〜!」
「は、恥ずイ!」
「イタッ、何で殴るのさ、も〜!! 照れ隠しはもっと大人しいモノにしてよね」
何度目かの、蛮の誕生日。
すっかり皆が集い祝う事が当たり前になった。
蛮の頑なな態度もかなり軟化してきていることだけは確実な事実だ。
わだかまりが全部なくなったわけでは無いだろうが、笑顔でこの日を迎えられるようになっただけ進歩だろう。
(おめでとう、蛮。相棒は…、お前が生まれてくるのを本当に望んで、喜んでいたんだぞ)
今となっては伝える必要もなくなっただろう。
お前は、何時だって愛されていたんだよ。
その事を知ったお前は、本当に良く笑うようになったな。
ずっと、これからも、相棒。お前の変わりに見守って、毎年祝ってやるからな。
終わり
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