「波児!てめぇ、わざと夏実達休ませただろ?俺達をこき使う為に!」

「さぁな。ほれ、手が止まってるぞ。蛮。」


波児さんに指摘され、蛮ちゃんは渋々食器を洗い始めた。


「しょうがないよ。蛮ちゃん。借金増やしちゃったんだしさ。」

「誰のせいだ?誰の!あんな何もない所で転びやがって。」


泡だらけの手がこめかみにグリグリと食い込む。


「い、痛いよ!蛮ちゃんっ。」

「うるせっ。」


蛮ちゃんの機嫌は、最悪なまでに悪かった。

それと言うのも、俺が奪還品の壷を転んで割っちゃったからなんだけど。

お陰で依頼料は貰えないどころか、壷まで弁償するハメになったんだ。


「信じらんねぇよなぁ。あんな何もない所で転ぶか?フツー。」

「まあまあ、銀次さんもわざとじゃないんですから…。」

「ったりめぇだ。わざとなら、これだけじゃ済まさねぇよ。」


カウンターにいたカヅっちゃんがフォローしてくれたけど、蛮ちゃんは怒ったまま。


「お前だって転ぶ事くらいあんだろ?」

「ないね!」


呆れた風に言いながらも助け船を出した士度にも、蛮ちゃんはきっぱりと言い切った。


「おやおや、お二人さん。今日は、奪還屋はお休みですか?」

「…あ、赤屍さんっ、いつの間に!」


姿なんて見えなかったのに、気がついたら目の前にいた黒ずくめの医者に、悲鳴に近い声で名前を叫んだ。


「コンニチハ。銀次くん。美堂くん。」

「…い、いらっしゃいませ。」


ああ。営業スマイルも引きつる怖さだよ。


「何しに来たんだ?てめぇは。」

「失礼ですね。私はただ、ここのパフェを食べに来た客けですよ?」


睨みつけてる蛮ちゃんに、いつもの本心の見えない笑みを返してきた。


「客じゃあ、仕方ないな。蛮。案内してやれ。」

「へいへい。」


蛮ちゃんは本当に仕方ないって顔して、メニューとお冷や片手に赤屍さんを奥のボックス席へと案内した。


「ここの特製パフェを一つ、下さいますか?」

「他に注文は?」

「そうですね。出来るのなら、美堂くんをテイクアウトで頂きた……。」

「生もののテイクアウトはしていません!!」


仕事でもこんなに早くは走らないだろうという素早さで、俺は蛮ちゃんの赤屍さんの間に割って入ると、きっぱりと言い切った。

本当に、油断ならない人なんだから!


「それは、残念ですね。何でしたら、テイクアウトではなく、ここで頂いてしまってもいいんですけどね。」

「永久的に品切れです!」


蛮ちゃんの背中を押して、さっさと赤屍さんから引き離す。


「ほら。蛮ちゃん。お皿洗いが残ってるよ。」

「何、焦ってんだ?お前。」

「いいからっ!」


ああ。もうっ、どうして蛮ちゃんってば、こういうのには鈍いんだろう!


そう思っていると、カランと来客を告げるドアの音が鳴った。

振り返るより先に、呆れた声が聞こえてくる。


「何よ。蛮。その格好…。奪還屋は廃業したわけ?」

「卑弥呼!」


どうして、こういう日に限って知り合いばっかり集まってくるんだろう。

一番見られたくないだろう人物の登場に、蛮ちゃんのこめかみがピクピク引きつっている。


「廃業なんてするかっ!」

「へー。そう?その格好よぉく似合うわよぉ。」


ニヤニヤ笑いを隠しもせず言うと、蛮ちゃんはもう、今にも殴り掛かりそうな勢いだ。

多分、俺だったら、スネークバイトの餌食になっていると思う;


「ひ、卑弥呼ちゃん。何か注文は?」


これ以上不機嫌になられたら、俺の命に関わる。

下手したら、今夜楽しみにしている『あんなプレイ』をさせてくれないかもしれないもん!


「じゃあ。カフェオレ貰おうかしら?」

「波児さん。カフェオレ一つ。とびっきりおいしいのお願いしまーす。」


卑弥呼ちゃんを奥の席へと案内して、どうにかその場を収めた。

それと入れ替わるようにして、赤屍さんの注文したパフェが出来上がったみたい。


「蛮。出来たぞ。」


高さ30センチはあるホンキートンク特製パフェ。

ガラスの容器の中に、フルーツとバニラアイスと生クリームとで綺麗に飾り付けられたそれを、蛮ちゃんはお盆に乗せた。


「ちゃんと運べるの?」

「うるせっ。これくらい運べるっつうの。銀次じゃあるまいし。」


卑弥呼ちゃんにそう反論して、赤屍さんの元に歩き出した……のだけど。


つるんって、蛮ちゃんの足が空を切った。

それはもう、転び方の見本にしたいくらい見事な転びっぷりで、床へとダイブ。

お盆の乗せていたパフェは、宙を舞って、あろう事か蛮ちゃんの頭の上に落っこちた。

アニメのドジっ子キャラでも今時やらないんじゃないかっていうくらいの展開に、ホンキートンクにいたみんなは、ただ呆然としていた。


ガシャンってお盆が床へ落ちた音で、みんなはハッと我に返った。

真っ先に覚醒したのは、卑弥呼ちゃん。


「ぷっ。アハハっ。ちょっと、蛮ってば!あれだけ偉そうな事言っといて信じらんないっ」

「全くだよなぁ。転んだ事ないなんて、よく言えたもんだ。」


士度までもが笑い出し、揚句にカヅっちゃんまで


「銀次さんを馬鹿にしておいて、自分で転んでたら世話ないですよね。」


なんて言ってる。


「まあまあ。皆さん。たまには、こんな美堂くんもいいではないですか?」


フォローしてるのか、馬鹿にしてるのか、赤屍さんはニコニコ笑っていた。


「ちょっ…、みんな!蛮ちゃん。大丈夫?」


頭の上に帽子のようにひっくり返っていたガラスの容器を取り除けたら、蛮ちゃんがすっくと立ち上がった。

暴れ出すと、思わず身構えたけど、蛮ちゃんは動かない。


「蛮ちゃん…?」


そっと顔を覗き込んだ。




うわ、どどどうしよう!

蛮ちゃんがっ、蛮ちゃんがっ…



凄いカワイイんですけど!!



そう叫びそうになった口元を咄嗟に押さえた。

顔を真っ赤にして、唇を真っ直ぐに結んで、何かを耐えるように俯き加減で…。

小さな子供が叱られて涙を耐えてるような、そんな感じ。

だけど、タラリと生クリームやらバニラの白いのが顔へと垂れてくると、それは幼い可愛さとは違う顔を見せた。

何て言うか、ちょっとイヤらしい。

ちらって見たら、士度やカヅっちゃんも心なしか顔が赤いし、赤屍さんだって、いつもの笑顔してない。

第一、もうからかうのも忘れちゃってる。


「あーら、蛮ったら、いつもの威勢はどうしたのかしら?」


ただ、一人蛮ちゃんの色気に惑わされない卑弥呼ちゃんだけが言葉を続ける。

蛮ちゃんは何も言い返せずに、むんずとエプロンを掴むと、それを脱いで床へと叩きつけた。


「もう、やってられるか!」


まだ生クリームやアイスが着いたままで飛び出して行っちゃった。


「蛮ちゃん!」


後を追い掛けようとした俺の前に、ヒラリとタオルが舞う。


「それ、持って行け。」

「ありがと!波児さん。」


タオル片手に急いで走り出した。

あんなイヤらしい蛮ちゃんを無防備にさらしておけないよ!

じゃなくて、風邪引いたら大変だし。



「蛮ちゃん。待って!」


ずんずんと歩いて行ってしまう後ろ姿を、ようやく呼び止めた。


「何だよ?お前も俺を笑いに来たのか?」


まだ真っ赤なままの蛮ちゃん。

いつもの自信たっぷりな強気な表情なんて、何処にも見当たらない。

それが可笑しいって言うより、また新しい蛮ちゃんが見れた事が嬉しいと思った。

俺にもまだ、俺の知らない蛮ちゃんがいるんだって。


「笑わないよ。」


ふぁさとタオルを頭から被せて、汚れを拭いてやる。




「ほら。俺って、人にどうこう言える立場じゃないしさ。それより、怪我してない?」


タオルの下で蛮ちゃんが頷く。


「なら、よかった。」


そう言って微笑んだら、蛮ちゃんの表情もやっと柔らかくなった。


「だいたい拭けたけど、やっぱりベタベタしてるね。」

「だったら、風呂入ってくか?」

「この辺に銭湯あったっけ?」

「鈍いなぁ、お前も…」


いつもの笑みを唇に敷いて、蛮ちゃんが耳元で言ったんだ。


「うんうん!行く!」


俺は蛮ちゃんの手を掴んで駆け出した。蛮ちゃんの気が変わらないうちにね!



『あんなプレイ』してもらえるかなぁ?






【あとがき】

神成様。68000HITおめでとうございますv

「ホンキートンクに集まった皆にドジをしたところを見られてしまって子供みたいに拗ねる蛮ちゃんと宥める銀次」というリクエスト。

どうやって、このシーンをいれたらいいかと悩みました。

ドジの基本は『何もない所で転ぶ』かなぁと。宥めるというより、慰めてる気がしなくもないですが…(-_-;)

私には、敷居が高かったようです。修行して出直して来ます。


気に入って下されば幸いです。リクエストありがとうございましたm(__)m




コメント
蛮ちゃんが、蛮ちゃんが‥‥
ものすご〜くカワイイんですけど。うん、ベタなドジも屍さんの言動に全く気付かないとこも。銀次の気苦労に同情したくなりますね。
でも、その分『あんなプレイ』でお返ししてもらっただろうから、お相子ですね。
goto様、ありがとうございます。




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