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おばあちゃんの知恵? オマケ編
あれから、時間も経ち、銀次が夏実から聞いたおまじないを忘れた頃、それは再び起こったのだった。
ヒック、ヒック、ヒック
喉の奥で押し殺したような音を漏らして蛮がしゃっくりを繰り返している。
ひどく不機嫌そうに眉間にシワを深く刻んで、肩を引きつらせている。
朝起きてから始まったこの厄介者は、再び治まる気配を見せず、すでに2時間は過ぎている。
「くっそー、またック、かよック‥」
「蛮ちゃん‥大丈夫?」
「なック‥なんと、かック、な」
しゃくりあげている状態では満足に食事もできないし、コーヒーも飲めない。
「前に、夏実ちゃんに教えて貰ったおまじないは、試してみたのか?」
気の毒そうに眉を潜めた波児がカウンターの中から問い掛けてきた。
「た、試ック‥した。とっく‥ック‥に」
蛮はゲンナリとした声をあげ、疲れた様にカウンターの突っ伏した。
「そういえば、そのおまじないって、もう一つ教えて貰っのた気がするんだけど?」
「そック‥そっか?」
蛮の頭には冷汗がたらりと落ちている。
気持ちが理解できる波児としては、声を殺して忍び笑うしかない。
「うん。絶対あった。忘れない様にしようって思ってたはずなんだよね」
「ふ〜ん‥ヒック‥‥」
そのまま忘れてしまえとは、蛮の心の声だろう。
しれっとして目をそっぽの蛮の横で銀次はウーンウーンと、唸りながら思い出そうと必死の努力をしている。
「あ〜っ!!」
いきなり銀次が立ち上がり、叫んだ。
「な、なんック‥だ」
「思い出した!」
「げっ!」
蛮は椅子から転げる様に降りると「た、ヒック‥たばこック‥買っック‥ってくらぁック‥」そういってさりげなく立ち去ろうとした。
「逃がさないもん。大体、しゃっくりでタバコなんて吸ってないでしょ」
がっしりと体ごと銀次に抱き込まれてはもはや逃れ様も無い。
「野郎ック‥っに、キ、ヒック‥キスされック‥たって、俺様ック‥は、ヒック‥た、たのック‥しくねぇ。ヒック‥」
蛮はそう応えて、はっとした。
「そっか、キスするとうつるっておまじないだったんだ。蛮ちゃん、やっぱり覚えているんじゃない」
「は、嵌めック‥やがック‥った、ヒック‥な」
にま〜っと笑う銀次の笑顔になぜだか背筋がぞくっとした蛮だった。
「蛮ちゃん。キスしよ?ね?」
「しねック‥えよ」
「なんで? オレにうつしたら楽になるでしょ?」
「しねぇック‥って言ったらヒック‥しねぇ」
蛮は首を左右に振った。
「ふ〜ん、だ。勝手にするもん」
銀次はそう言うと、逃れ様ともがいている蛮の頭を抑え、その唇に自分のそれを合わせた。
銀次の舌が蛮の唇の上を撫でるように行き来する。
その間も蛮のしゃくりは続いていて、肩を震わせていた。
「‥はっ‥‥、ふっ‥、‥‥ック‥、や‥め」
声が漏れだすと、薄く開いた隙から銀次は蛮の口中へと舌をねじ込み、思う様貪った。
逃げて縮こまる蛮の舌を捕らえ絡め合う。
「あっ‥‥んっ‥ふ‥‥」
時折蛮の肩が揺れるのはしゃっくりが止まっていない証拠だろう。
呼吸を奪われた蛮は息が苦しくなり必死に銀次を押し退けようと肩を押すが、力がうまく入れられず逆にしがみつく。
いよいよ意識がヤバイと思ったところで漸く解放された。
「‥‥はっ‥‥はっ‥‥、ゴホッ」
くたりと足から力が失われ、へたり込むところを銀次に縋ってなんとか堪えた。
醜態を晒す真似だけはしたくないというプライドだけは忘れない。
「大丈夫?蛮ちゃん」
「‥んな、訳あるか!」
縋っていた手に体重をかけて体制を整えて、そのまま脳天にゲンコツを落としてやった。
「んあー」と妙な声をあげ銀次の奴はタレやがった。
「痛いですー、蛮ちゃん」
ふんっと鼻息荒く踏ん反り返って睨みつけてやればタレた奴はスツールの影へとますますちぢこまって隠れた。
「殺す気か?」
問い掛ける俺にタレた奴はぶんぶんと首を勢いよく左右に振ってみせる。
「まぁ落ち着け」
波児はそう言いながら水の入ったグラスを差し出しす。それを受け取ると中身を一息に煽った。
「サンキュー」
そう言ってグラスを波児に突き返した。
「まぁ、やり方は乱暴だったが、とにかく止まってよかったな」
「不本意だがな」
渋々と言った感じではあったものの、蛮も素直に認めた。
「止まったのに、なんで移んないの〜」
タレた銀次の叫びが狭い店内に響き渡った。
「当たり前だと思うがな」
波児の呟きに蛮は頷いて同意を示す。
おまじないはなんでも正しい訳じゃないと、いつになったらあの軽い頭に入るのだろうか?
誰かいい方法を識らないか?
終わり
コメント:前からの続きです。しゃっくりはキスではうつりませんよ。常識が無い銀次でした。 (うつったらどうする気だったんだろうか?)この話の元ネタはハッ●ーター●ってお菓子のパッケージに印刷されていたものでした。それ見て思いついたものです。焔。
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