たれやき
今年も誕生日がやってきた。
何が嬉しいんだか、隣でにこにこしてやがるお馬鹿が一匹……。
わざとらしい程の、深〜い深〜いため息を吐き出し、不機嫌そうに睨み付けても、まったく動じることなく嬉しそうに笑ってやがる。
「ば〜んちゃん。お誕生日おめでとう・」
「おう……」
狭い車内の中、ハンドルに頬杖ついて曖昧ないらえを返してやる俺に、相変わらずアホそうに笑いながら、それでも一応の文句をたれる。
「もう、蛮ちゃんそ〜んな言い方ないでしょ。せっかくの誕生日なんだからもっと楽しそうにしてよ」
生まれてこの方俺は、誕生日を楽しいものだと思ったことは一度としてねーんだよ。まあ、こんな年月までよくぞ生きてたな俺! と感心するやら自分で自分を褒めてしまうこともなきにしもあらずだが、それでも年を刻むだけの数字になんの楽しみがあるというのだろう。それも自分のではない他人の生まれた日をさも楽しそうに祝おうとする、このすっとぼけた電気男を呆れた顔で眺めるしかない。もう、殴りたいとも思わない。
毎年毎年ごくろうさん。
疲れないか、お前………。
俺なんか、お前の誕生日一度だって祝ってやったことないだろうに。おめでとうのひとつだって言ってやったことないだろう。
『う〜ん……って』
ずっと…、ほんのちょっとの昔、俺の誕生日を祝うお前に返礼の意味もこめてなにげなく聞いたそれを、にこやかに笑ってお前なんでもないように答えただろう。
『う〜ん、ホントは俺、誕生日っていつなのかわかんないんだよね。今の4月19日だって人からそうじゃないかって言われてるだけのものだしね。でもね、かりに違っていたとしても生まれたことにおめでとうをいってくれる日だもの。だからかな? 自分じゃない誰かの誕生日でもおめでとうって言ってあげたいんだよね』
お前の瞳にちょっぴりとだけ涙が浮かんでたの、俺が気づかないと思っていたのか。
俺には誕生日がある。
ほんと糞みてーな日だが、生まれたことさえ後悔するような最悪な一日だが、それでも確かにこの俺はこの日、この最悪な光りの世界で産声をあげたのだ。それは事実だ。
お前の不確か生とは違って。
「蛮ちゃん、たいやきってあるでしょ?」
また、唐突にこいつは……。時折、このへたれはこうやって奇妙な謎掛けを俺に投げかける。
「ああ…、餡こ腹ン中にぶちこんで焼いたホットケーキの変わり種みてーま甘菓子な。あんま甘くねー菓子だけどよ」
「ええ! あんこだよ甘いよ!」
「甘くねーよ! イタリアのジェラートあたりの方がよっぽど餡こより甘めーだろうが」
「ええー! そんなの俺知らないもん、ってゆーか蛮ちゃんいつイタリアなんて行ったの!」
「そりゃあ、ガキの頃の……って、それはどうだっていいんだよ! で、たいやきがどーしたって」
一発殴って脱線し始めた話ぶりに喝を入れさせ、酷いよなどと呟く声には軽く無視だ。
さらに続きを目で即すと、ようやっと話し出した。
「蛮ちゃんは、たいやき食べる時、尻尾からそれとも頭から、どっちから食べる派?」
そりゃあ、今度はなんの例えだよ……。
「ねえ、どっち?」
「まあ、しいてあげるなら、尻尾か……なぁ」
「へー、俺は頭からなんだよね。じゃあさ、あんこは? 尻尾にまではいってるほうがいい? それともかりかり派?」
「う〜ん、かりかり派…、いや御得感から言えば先までたっぷり入ってるほうが、いいってゆーか……」
万年欠食児童のような生活を送っているせいか、食い物のことになると、つい真剣に考えてしまう。なにか、今回の誕生日プレゼントやらはたいやきなのか…、そうなのかたいやきなのか………。
よりにもよって
たいやきかよ。
差し出された手の上にたっぷりと乗った通常1.2倍はあるだろう……、いやもっとあるか……。赤ん坊ほどあるそれは、ふっくらぷっくらほっぺの………。
たれやき
おま……おまえ〜〜!
銀次の奴がもじもじとその物体を俺に押し付けた。
「頭から尻尾の先まであんこたっぷりだよ! 夏実ちゃんたちと俺一生懸命作ったんだ」
あんの小娘どもめ!
「あんこたっぷり愛情もたっぷり! 蛮ちゃんお誕生日おめでとう。さあどうぞ俺を食べて食べて・・」
今年も…やってくれたよ………。
このおばかさんは…。だから俺は誕生日なんて嫌いなんだよ。
畜生! 食ってやるぜ! 頭からがっぷりとなちよびっとホラーな展開だけどよ。愛するべきお馬鹿さんの為に。
サンキュー バースディー………。
コメント:こりはギャグです。ぜんぜん色っぽくもないギャグです。なにはさておき蛮くんおめっとうさん。(一日遅れ)
よしの
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