呟き…… 誰もが幸せになれる世界。そんなものなどありえはしない。 世界は不公平で成り立っている。 故に人は幸せであろうと努力をするのだろう。 俺は…、不公平である幸せを知っている。 不公平=不幸な事ではありはしない。 故に人は誰かの為に微笑むのだろう。 けれども……、時に人は多くを望む。 流し過ぎた冷たい涙が、心を凍えさせ続ければ、目前にかかげられた『理想』がさも温かく感じるのだろう。 誰もが悲しまず、誰もが幸せで、争いのない世界? 一見素晴らしいものに映るだろう。でもそれは裏を返せば、お仕着せの衣類のようなものだ。型にはめられた量産品の玩具のように、みな同じ。 思想も夢もすべて、すべて同じ。 そんなもの生きているといえるのだろうか? そんなもの幸せだと本当に言えるのだろうか? でも……、 人は惑う。 悲しみが愛おしさが深ければ深い程に、この世のシャングリラを欲するのだ。 それが、すでにあるものだと気づかないままに。 不公平の中にある平等に気づかないままに。 俺は、他の世界なんか知らない。 俺は、他の世界なんか欲しくない。 俺が知り、欲するのはこの世界だけ。仮令、幾万の悲しみと怒りを抱えていようとも、俺が生きていたいのはこの不完全な世界だけ。 ここには、大切な人達がいるから。 ここには、共に生きたいと願う人がいるから。 たくさん、たくさん、いるから。 おかあさん。 あなたは、俺が寂しくて泣いている時、その涙を拭ってくれましたか? ─── 人さし指が頬をつたい、その唇で涙の雫を受けとめてくれたのは ─── おかあさん。 あなたは、俺が寒さで凍えそうな時、暖めてくれましたか? ─── その大きなかいなに抱きとめて、一晩中暖めてくれたのは ─── おかあさん。 あなたは、俺に子守唄を唄ってくれましたか? ─── せがむ俺に困ったように笑って、それでも上手くない子守唄を一所懸命唄ってくれた。赤い顔……… ─── おかあさん。 あなたは叱ってくれましたか? 辛い別れや悲しみにふさぎこんでいる俺を励ましてくれましたか? 共に泣いてくれましたか? 笑ってくれましたか? どうしようもない力に怯えている俺を……、守ってくれましたか? おかあさん。 それはあなたじゃない。 この腐敗と背徳のような世界が、巣窟のような街が意外な程に優しく純粋に小さな魂を受け入れて、育ててくれたんです。 おかあさん。 見えますか? あなたにここに生きるひとりひとりの小さな、そしてとても眩しい心の輝きが感じ取れますか? おかあさん。 俺達はここで生きてます。一所懸命生きて、泣いて笑って、怒ってます。 おかあさん。 ここはあなたが、思い描いた世界ではないかもしれません。 でも……、でも。 おかあさん。俺は生きたいです。この世界で、俺の愛するこの世界で俺は生きていたいのです。 大切な仲間と一緒に。大切な人と一緒に。 許してくれますか? この世界で生きることを。この世界でしか生きられないことを。 許してくれますか? 彼と生きることを。 「銀次……」 「蛮…ちゃん?」 蛮ちゃんが今にも泣き出すんじゃないかという顔で、少し笑った。ちょっぴり無理をしたような微笑みが、俺の心を奇妙な程安心させた。 思わず、ぎゅっと抱き締めた。 「お…、おい、ぎ、銀次」 「しっ! 黙って! しゃべらないで……」 涙が流れるのは何故。熱い熱い涙が吹出すのはどうしてだろう。 おかあさん。おかあさん。おかあさん。 ありがとう。 俺をこの世界で生かしてくれて。 蛮ちゃんと出会わせてくれて。 ありがとう。 さようなら………。 コメント:
何やら変なお話を作ってしまいました。本来は最終話に合わせてUPするつもりで書いてあったものだったんですが……。今頃かよ; おい!ってな具合ですな。 どうにも目頭の熱くなるような想いの連続でした。愛する大切な誰かの為に行なわれた想いが、時に人を傷つける刃にもなる。誰も傷つけたくないと願いながら、それでも己の幸せが他者の不幸の上になりたっていることもあるのだと、人は罪な存在なんだと改めて感じてもしまいました。歩き出した彼等の世界、変わらない夢が見られますように。
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