白い気持ち
銀次はコンビニのホワイトデー商品のコーナーの前に立ち、腕を組んでうーんと唸っていた。
先月のバレンタインには粘って蛮からのチョコをしっかりとゲットした彼である。
だからこそ、きちんとお返しをとは思うのだか、不運な事に只今金欠真っ最中なのだった。
それでも、諦め悪くこうして眺めに来ている。
一つ一つの商品の値段を見るだけで、気が遠くなる気がする。
「はー、なんでこんなに高いんだろう」
口の中で小さく呟くと銀次は店の外へと出た。
ホンキートンクへとトボトボと帰ると、店内から相棒の姿は消えて無くなっていたのだった。
「えー、蛮ちゃんは?」
「奴なら、何か不機嫌な顔してパチンコに行ったぞ」
波児の言葉に銀次はため息をつく。元気のない銀次の様子に波児も新聞を畳んで向き直った。
「どうした?何か心配事があるのか?蛮の事か?」
「うん。実はね、蛮ちゃんにバレンタインのお返しをしたいんだけど、そのー、先立つモノがね」
「なるほどね。んじゃ、蛮の奴が居ない今のうちかもな」
波児が口の端をあげてにっ、と笑った。
「何かあるの?」
銀次は期待に満ちた目を波児に向けた。
「まあ、あんまりたいしたモノじゃ無いが、な」
そう言って彼はカウンターに白い小山の乗った皿を置いた。
「何、これ?砂糖?」
「正解。これで飴を作って渡しちゃどうだ?」
真っ白な砂糖。
これで飴を?
(蛮ちゃん、喜んでくれるかな)
意外な事に、蛮は飴類は好きなのだ。
ほとんど趣味と化しているパチンコも、勝てば必ず何種類かのキャンディが含まれいるのだ。
「アイツは飴、好きだろ」
「うん。でも、おれに作れるのかな。だっておれって不器用だし」
そう言えば波児さんは成せば成る。と笑った。
まず、鍋に入れた砂糖と水飴を焦がさないように溶かす事から始めた。
微妙に不器用な銀次は波児の予想を裏切らず、鍋を焦げ付かせた。
「だから火が強すぎるんだ。弱火だって言ったろ?」
「弱火でやったつもりだけどおかしいなぁ」
二度失敗をして、三度めにはようやく焦がさずに綺麗に溶かす事ができたのだった。
そうして、飴の元を作り、まな板の上で熱いそれを粘土のようにこね左右にひく。
「よく伸ばして繰り返しひくと空気を含んで白くなるんだ。絹のような光沢がでるまで繰り返せ」
「ほんとだ、かなり白くなってきた」
「じゃ、それを棒のように伸ばす。同じふとさにするように気をつけろ」
飴は銀次の手で転がされてどんどん長く伸ばされた。
「それを一口位の大きさに切って、こう手で軽く丸めれば完成だ。あとは冷めて固まるのを待つだけだな」
銀次の手から次々に形はいびつな飴が出来てくる。
その間に波児は同じように食紅で色を着けた飴を作った。
最後に一つずつオブラートで包み、小さな籠の中に入れた。
そうやって完成した物はなかなか立派なものに見える。
「これ、喜んでくれるかな」
「素直じゃないからな、奴は」
波児の言葉に銀次は判ってるとでもいいたげな笑顔をうかべたのだった。
カララン、とベルが音をたてた。
ドアを開けて入ってきたのは蛮だった。
ぶすっとした不機嫌さそのままの
表情で入ってきたところから察するに恐らくパチンコに負けたのだろう。
「ブルマン」
ぶっきらぼうにそれだけ言うとカウンターの定位置に腰を降ろした。
「あ、蛮ちゃん、お帰りなさい」
「おう」
カウンターの中に居る銀次にちらりと視線をなげたが直ぐにふいっと逸らされてしまった。
「何かあったの? 蛮ちゃん?」
「‥‥‥。べつに何にもねぇよ」
「嘘! 何怒ってるの? パチンコのお店で何かあったんでしょ」
「銀次、しつけぇぞ」
ますます不機嫌になる蛮に良い対処方法がある訳もなく、これはほっておくしかないと波児は肩をすくめてみせた。
「えっと、蛮ちゃん‥、これ」
銀次は恐る恐る飴の入った籠を蛮の前に押しやった。
「? 何だよ、これ」
「ホワイトデーのお返しです。初めてつくったからおいしく無いかもしんないんだけど」
モジモジと自分の指をこね合わせながら言う銀次は、その時の蛮の表情を見逃してしまった。
後で波児に聞き非常に悔しがるのだが、それは後日の事だ。
蛮は、まるで予想外の出来事だったのか、蒼い瞳をこぼれ落ちそうなほど見開いてぽかーんとした表情を見せていた。
年相応な幼く感じられるそれ。
次の瞬間、ふわりとした笑みに変わる。
「腹、壊さなきゃ上等じゃねぇ?」
「何それ! 酷いよー」
ぷんぷん怒る銀次をあしらいながら、蛮は飴を一つ摘んで口に入れた。
途端に広がる砂糖の甘さ。
素朴なその味ににんまりと目を細めて『サンキュー』と小さな声で呟いた。
──本当にはモノが欲しかったわけじゃない。けど、お返しなんて、金なんかたいして持っていないはずだから、諦めていた。そうしようと自分に言い聞かせてた。でも、何か悔しくて淋しくて、不機嫌になっていた。なのに──
来年には、少しは素直になってやるよ。
そう自分の心に誓いを立てる。
なんだかすでに来年が待ち遠しい気がする蛮だった。
END
コメント:胸焼けしそうなほどの甘甘な(つもりの)銀蛮です。飴の作り方の手順は正しいのですが分量はあえて書きませんでした。一応、この作り方だと鼈甲飴が出来ます。本当は白いよりほんのりと黄色いのですが、その辺は ま、見逃してください。焔
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