その頃、銀次はせっせと料理を腹に詰め込んでいた。 万年欠食児さながら、食べられる時に食べないと後で泣く羽目になるのはすでに何度も経験済みだ。 それでも時折蛮に注意を向ける事は怠らない。 蛮も意外に、あの姿を楽しんでいるようで、銀次は安心したのだ。 蛮の周りには人が入れ替わり立ち替わりしていて、誰かが必ず手を貸しているようだ。 (蛮ちゃん、あれだけ拗ねていたのに機嫌なおったんだ。良かった) 蛮の小さな愛らしい姿に銀次の顔がでれっとくずれた。 「雷帝はん、顔、変でっせ」 笑師に指摘され、慌てて真顔で彼に向き直れば、すっかり頭の包帯を解いた顔があった。 「笑師、仮装取っちゃったんだ」 「しゃーないでっしゃろ、。付けたまんまじゃ食べられまへんから」 拗ねた物言いに銀次は苦笑を浮かべてみせた。 「あー、今日の仮装大賞は、蛇ヤローはんで決まりでっせ。ワイも頑張ったのになぁ…」 「結果は皆の投票だからね。どうなるかは判んないんじゃない?」 「そない言っても雷帝はん。ワイには到底、アレには勝てる、思えまへんわぁ」 笑師の指差す先に居るのは、料理の皿を持って、御満悦な顔の蛮だ。 「笑やん、弱気だな〜」 「あもやん。弱気にもなるってもんやろ?」 「まあ、あっちのが上手だったんだね。よしよし」 「あもや〜ん」 すっかり二人の世界になってしまって、疎外感を感じる銀次だった。 「ま、いっか…」 銀次はこっそりとその場を離れていった。
ふと、店内を見回せば、先ほどまで見えていた蛮の姿が見えなくなっていた。 その蛮を探し、キョロキョロと視線を彷徨わすが、見つからない。 小さな姿は、大人たちの中で目立つが、また人の中に埋もれてしまいやすくもある。 たいして広くない店内で、いる人数だってたいして多くはないのだが、蛮の小さな姿は紛れてしまったようだ。 「あれー? 蛮ちゃんがいないや。さっきまでこのあたりでお皿持っていたのに」 キョロキョロと視線を彷徨わせ蛮の姿を探すが見つからない。 「おかしいなぁ。蛮ちゃん、どこ?」 「ぎんじ〜、こっちらぁ」 どこからか聞こえる蛮の声を頼りに、テーブルの下を覗き込めば、グラスを両手で持った蛮が足を投げ出してちょこんと座っていた。 「ああ、こんなところに居たんだ。って、蛮ちゃん! 何飲んでるの!」 ジュースの類は全て紙のコップだ。反対にガラスのグラスは酒が入ったものばかりのはずなのだ。 蛮が持ったグラスには、赤い液体がなみなみと入っている。どうみても、オレンジジュースには見えない。 「ん〜、ワイン」 「お酒なんて、のんじゃダメじゃない!」 「ワインくれぇ、ろぉっれころらいお(ワインくれぇ、どおって事ないぞ)」 見事に赤く茹で上がったような顔に呂律の怪しい口調。 そんな状態で言われたところで信用なんてできるわけがない。 「いまの蛮ちゃんは子供なの! たとえワインだって飲んじゃダメでしょ!」 銀次は蛮の手からグラスを引っ手繰った。 「うるへぇ、すぐ腹いっぱいなるんら。あろは、ろむくれぇしかねぇらろ(うるせぇ、すぐ腹いっぱいなるんだ。後は、飲むくれぇしかねぇだろ)」 「も〜、蛮ちゃんはぁ…」 グラスをテーブルに置くと、銀次は下から蛮を引っ張り出して抱えあげた。 お酒の所為か、子供だからか、蛮の体温は高くなっている。 「ほら、折角のパーティーなんだから、そんなとこで拗ねてないで、ね?」 軽く揺すりあげれば、蛮はぎゅっと銀次にしがみついた。
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