ただ、廃墟になった建物の陰に身を隠すように膝を抱えうずくまっていた。

そうすれば、周りに犇めく「悪意」からは少しでも逃れられる気がしていた。

銀次は自分の目の前に右腕を翳した。

そこには、はっきりとした紋章(しるし)があるのに、それは輝く事はなく、また力を発揮する事もなかった。











雷神の系譜











昔、このセカイには隻腕の英雄がいた。

彼は邪悪なる神と、己が持つ雷(いかずち)の力を以て戦った。

そして、勝利してセカイを救った。

しかし、その勝利の代償として、彼は右腕を失った。雷を操る、その紋章のある腕を。



邪神を封じた地に住む一族を、いつしか一般の人々は「雷神の民」と呼ぶようになっていた。

彼らは一様にその右腕に「紋章」を持ち、雷を操る力を有していたのだった。











「おい、大丈夫か?」

幼い声に銀次は顔を上げた。

目の前には、自分と同じ年頃の少女が立っていた。

凛とした力強さを内に秘めた青い瞳。小さな白い顔をさらさらとした黒い髪が縁取る。

「蛮、ちゃん‥‥」

銀次は幼なじみの少女の名を呼んだ。

「ったく、情けなさすぎだぞ、銀次。少しはやり返せよ。腕っぷしだけなら張り合えんだろうが」

「でも‥‥、オレには「紋章」の力がないから‥‥」

銀次は俯いて呟いた。

「でも‥‥、お前は誰の「紋章」の力を受けても平気なんだよなぁ‥」

「うん。怪我とかしないから‥不思議だよね。まるで雷神様が「紋章」の力を持たない代わりに、それで傷つけられないようにしてくれたみたいだよね」

そう言って銀次は笑った。

蛮は諦めたようなため息を吐いた。

だいたいが彼は優しすぎるのだ。イジメられても、例え力があったとしても、仕返しをしようとは考えもしないだろう。

「銀次らしい、力かもな。帰ろうぜ」

「うん」

差し出された蛮の白い小さな手に、自分のそれを重ね合わせ、二人は仲良く手を繋いで歩いた。



こうして、共に居られるのもあと数年。

蛮は一族の長の一人娘だ。

18才の誕生日に、長に認められた強き者の元へと嫁ぐ運命だったから。



一族には、戦いを生業とする戦士が数多いた。

彼らは雷神の民である力を持ち、不敗の異名すら持つ者すらいる。

蛮はその彼らの中の誰かの元へと嫁ぐだろう。

彼女は女であるという理由だけで、彼らの中に加えられる事はなかった。

「俺様より強い奴なんて、殆どいねぇのに‥‥」

「蛮ちゃんは強いし綺麗だから。どんな人だって、蛮ちゃんのことを好きになって大切にしてくれるよ」

蛮はチラリと銀次を見た。そうして、ため息を一つ。

「俺には‥強さって事がわからねぇ。力の強さだけが、本当の強さなのか?」

「え?」

「何も守らない力なんて、あったとしても、意味はあるのか?」

「‥‥難しいこと、考えてるんだ、蛮ちゃんって」

銀次は空を見上げた。

青く澄んだ空には、いくつかの白い雲が浮かんでいる。

他愛のない日常は、瞬く間に流れ去っていく。

あの雲のように。









あれから、10数年の時が流れた。

銀次は18才になっていた。

そして、蛮もまもなく18才になる。

嫁ぐことが決められている、その年に。

すでに、彼女を娶りたいという候補者が名乗りを上げているらしい。

彼女はとても美しく成長していたから、当たり前だと銀次は思う。

そして、それは自分の手の届かない美しい華。

この想いが届き叶う事はない。

自分に「紋章」の力か無いことが、今この時だけは歯がゆかった。

蛮から聞いた、問い掛けだけが、繰り返し思いだされ、気持ちは高鳴るばかりだ。

けれど、正解が無ければ、自分は蛮に会う事もできない。

「本当の‥‥強さって、一体なんだろう‥‥」

蛮ちゃんを好きだって想いだけなら誰にだって負けやしない。

でも、それだけじゃ蛮ちゃんを守ることなど到底無理だ。



想いだけが空回り、歯がゆい思いだけが降り積もる。

その銀次の思いを映したかのように天からは雪が降りしきる。



蛮の誕生日はもうまもなくだった。











蛮の誕生日を明日に控えた日。

今日は彼女の相手を決める大事な日だ。

戦士の中でも名だたる者達が、この場に集いきた。

祝い事を前にして浮かれた村の中へと、こっそりと音も無く忍び入る影は、封じられた邪神を崇める黒衣の使徒達。

彼等は邪神の封印を解き放とうとしていた。

じっと時代の暗部に潜み、この好機を世代を越えて待ち続けたのだ。













「邪神の使徒が村の中に!! 誰が!!

そう叫んだのは誰だったのだろう。

浮かれた村の影で彼等は邪神の封印の一部を解き放った。

そして、その力の加護をうけ、雷神の民に戦いを挑む。

村の中での攻防は、村人たちにとって不利な場であった。

力のない者や力の弱い者も村の中には多く住む。

戦士達は、彼等をも護らなければならず、圧倒的なハンデを背負い苦戦を強いられた。

「俺も戦う!」

「蛮! ダメよ。あなたは次代を残さなければならない身。戦うのは戦士の仕事。ここは我慢して逃げて」

「で、でも」

そうこうする内にも、戦士達は一人、また一人と潰えてゆく。

時代を経て弱まった一族の力とはいえ、神とまで呼ばれた者からの直接な加護の力との彼我の差はこれほどあるのか。

強き戦士達が倒されてゆけば、あとに残されるのは無力に等しい者達のみ。





すでに誰もが戦うほどの力を残しては居なかった。

今生き残っているのは、力弱く守られた者と、長の娘の蛮のみ。

「長の娘を捕らえろ! その血を捧げ我等が神を解き放つのだ」

使徒達はじわじわと蛮を取り囲み迫り来る。

「くそ! 来るなって!」

蛮も己が持つ力を振り絞り、弱い者を助けながら戦ってはいた。もう、戦えるのは彼女しか残っていなかったから。

圧倒的な不利な状況の中、それでも彼女は戦った。

ゆっくりと、しかし確実に彼女は追い詰められてゆく。

その様子を、彼女に守られながら見ているしかない自分がなさけなかった。

「………、本当に、このままオレは蛮ちゃんを見ているだけしか出来ないのか? 彼女に守られるだけで、守る事はできないのか? オレは…、オレ、は……」





───ホントウノ「ツヨサ」ッテ……… ナンダロウ?





使徒の手が蛮に迫る。

その時、雷が地から天へと迸った。



何処からか、懐かしい感じのする声が聞こえてくるのを銀次はただ、聞いていた。



     目覚めよ。雷神の直系よ。



     ソレは、オレのこと?



     眠らせていた、その力を解き放て。



     オレに、「力」なんて、あるのかな?



     しかし、その身に宿り、眠る力は、人の身には過ぎた力。

     昔、邪神を封ぜし為に放った雷の矢で、私は右腕を失った。

     今此処で、その力を使えば、その腕どころか、自身の身すら吹き飛ぶやもしれぬ。

     その覚悟が、あれば……

     今こそ、目覚めよ



     そんな覚悟、とっくに出来てるよ。

     守れなくって後悔するより、ずっと良いに決まってる!



銀次は、立ち上がった。

「蛮ちゃん、さがって!」

蛮に指示を叫び、その右腕を振るえば、輝く紋章が雷の雨を降らせる。

「銀次! お前、その力…」

蛮を背後に庇いつつ、銀次は前へと進み出た。



眼前は瓦礫と化した、育った村だ。そこに黒衣の使徒達が居る。

「全部、薙ぎ払うから」

「お前、雷神の、直系なのか?」

「そうみたい。強すぎる力は危険だからって、この身の内に封じられていたらしいよ」

にっこりと銀次は笑った。

「強すぎるって……」

銀次は前へ、黒衣の使途達へと向けて右腕を突き出した。

「って、まさか、力を使う代償が……」

「守るから。絶対に、守るから、ね?」

「………」

蛮は無言で銀次の右側に寄り添った。

そうして、彼の輝く紋章に自分の紋章を重ね合わせた。

「一人じゃ耐え切れないほどの強い力だったとしても、2人で、ならきっと大丈夫だ」

「蛮ちゃん…。いいの?」

「お前が守りたいって思うのは、俺だけか?」

「ううん。皆を守りたいよ」

「だろ? その気持ちは俺だって同じなんだから」

「うん。そうだね。ありがとう、蛮ちゃん」



2人は未来を守れる事を信じて、自分達の持つ、全ての力を解き放った。

























「それで……、どうなったの?」

「さぁねぇ、どうなったんだったかねぇ…。昔の事過ぎて、すっかり忘れてしまったねぇ」

晴れた青空を映したような、蒼い瞳の老婆はそう言って優しく笑った。

「どうしたんだい? 何か、楽しい事でもあったのかい?」

そっと彼女に寄り添うのは隻腕の男。











此処は、雷神の民の住む、小さな村だ。



今も雷神の血は、ひっそりと息づいている。









終わり













あとがき

歌詞の流れまんまなストーリーです。ダイジェスト風ですが。

まあ幾つかは変えた部分があるんですがね。

如何なモンでしょう?



ちなみに、歌詞が気になる方はこちら。打ち込みしてみました。






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