Sweetest




「花月様から話は伺っていますよ。」


無限城へ着くと、朔羅がそう言って銀次を出迎えた。

簡素ながら設備の整っている台所には、すでにバレンタイン用の材料と道具が用意されているようだった。


「そっかぁ。マクベスに作ろうと思って用意してたんだ?」


花月に相談し、急なお願いだったのにも拘わらず、やけに用意がよかった理由を銀次が尋ねると、朔羅は照れたようにそう答えた。


「ええ。でも、十兵衛や笑師達にもあげるつもりですよ?」


何処か言い訳がましく言う朔羅の頬は、ほんのりと赤い。

板チョコを刻みながら、そんな朔羅を銀次は可愛いなと思った。


「朔羅…、なんか幸せそう。」


素直に思った事を口にしたら、朔羅は一瞬、不思議な顔をした後でクスクスと笑った。


「それを言うなら、雷帝だって幸せそうですよ?」

「え?俺?」


それこそ予想外という顔で、銀次はキョトンとした。


「自分では気付かないものなんですね?鼻唄歌ったり、誰かを思ってニヤニヤしていましたよ?」


ズバリ指摘されて、今度は銀次が赤くなる番だった。


「でも、私、不思議なんです。まさか、雷帝とこうしてお菓子を作る日が来るとは思いませんでした。」

「うん。そうだね。俺もそう思うよ。」


柔らかく微笑まれた笑顔に、同じように笑顔で応えると、銀次は心からそう思った。


あの頃の自分は、無限城自体もこんなお菓子作りが出来るような状態ではなかったけれど、こんな事をする心の余裕なんてなかったように思う。

辛かったあの頃を、今はもう、懐かしく思える自分がいる。

そして、こんな風に思えるようになったのも、愛しい彼の存在があってこそ…。


「ほら。また、思い出されていましたね?」

「え?あっ、いや……っ!」


−−ザクっ


嫌な手応えに指先をみれば、チョコではないものを包丁が切った後で……


「きゃあ。ら、雷帝!」

「あはは。平気平気!えーと、刻んだら、湯煎にかけるんだっけ?……って、あっちぃ!!」

「雷帝!大丈夫ですか?」


小さな台所に漂っていた温かな雰囲気はあっと言う間に消えて、それは戦場のような慌ただしさに取って代わったのだった。


けれども、どうにかハート型の手作りチョコを作り上げた銀次は、意気揚々と携帯電話を手に取った。


「もしもし?蛮ちゃん。渡したいものがあるから、ホンキートンクで待ってて!絶対だよ?」


電話を切って、眼裏でチョコレートを渡す瞬間をシミュレーションして、銀次はくくっと笑った。



蛮ちゃん。喜んでくれるかなぁ?

ちょっと、形はいびつだけど、しっかりハートの形にはなってるし。

甘い物苦手な蛮ちゃんの為にチョコはビターにして、ホワイトチョコでメッセージも書いたんだもんね。



「喜んだ蛮ちゃんが『あんなプレイ』とか『こんなプレイ』させてくれるかもしれないなぁ。うわぁ。どうしよう?今夜は眠れなくなりそうだなぁvv」


朔羅に頼んでラッピングしてもらった箱を胸に、銀次は踊るように歩き出した。



−−だが



「うわぁ!…ってぇ。」


あんまりはしゃぎ過ぎた銀次は、それは見事なまでにすっ転んだ。

そして、起き上がった時、手の中にはあるべきはずのチョコがなかった。


「ああっ。チョコが!」


銀次は直ぐさま、辺りを見回した。すると、チョコは銀次のいる歩道から反対側の左車線に落ちていた。


「え!ちょ、ちょっと待って!」


その叫びも虚しく、チョコは迫り来る一台のトラックのタイヤに飲み込まれた。

ワインレッドの無地の包装紙は破れ、真珠色のリボンにはタイヤの跡が付いて真っ黒だ。箱は潰れてしまい、中身のチョコの一部が飛び出してきていた。

もはやハートの形の原型すらない。


「どうしよう…。こんなチョコ、蛮ちゃんに渡せないよ。」


ボロボロになったチョコを胸に抱いたら、泣きたくなった。

泣いたって仕方がないから、唇を噛み締めると、鼻の奥がツンと痛む。



何あげるか悩んで、カヅっちゃんに相談して、朔羅に手伝ってもらって…

俺だって、初めてお菓子なんか作って、指切ったり、火傷したりもして……


でも、蛮ちゃんに喜んでもらいたくて、

ただそれだけで、

気持ちだけは一生懸命詰め込んで、やっと出来たのに……


「なぁに、やってんだよ?銀次。人をホンキートンクで何時間待たせるつもりだ?」

「……ごめん。」


散々、悩んだ末に、銀次はボロボロになったチョコを抱えてホンキートンクに現れた。



馬鹿だ。俺…。

こんなの持ってきたって、渡せっこないのに…。



伏せた瞳の先に、コートの中に隠したチョコが顔を覗かせる。


「チョコ、作ったんじゃねぇか?」

「うわぁ。蛮ちゃん!」


ハッと気が付くと、チョコは蛮の手の中に取り上げられていた。

ボロボロになったチョコを見られた恥ずかしさと、情けなさとで銀次は居たたまれなくなる。


「本当は、こんなんじゃなかったんだ。

ハートの形でホワイトチョコでメッセージ書いてあって、綺麗なラッピングで飾ってあって……。」


言っているうちに銀次は、一層悲しい気持ちになった。耐えていた涙が零れそうになる。

蛮はそれを気に止めるでもなく、白い指先が破れた箱からチョコを摘み上げ、パクンと食べてしまった。


「……ん。美味い。」

「え?」


思わず涙も引っ込んで、蛮を見つめると、蛮は優しく瞳を細め、口端だけは不敵に吊り上げて笑った。


「あのなぁ。銀次。お前が作るチョコが上手く出来るなんて、ハナっから期待しちゃいねぇんだよ。ちゃんと、人が食えるもんが出来たんだから、見た目なんてどうだっていいだろ?」

「だけど…」

「ったく。」


それでも、暗く沈んだままの銀次に、蛮が大仰な溜息を吐き出した。

そして、何を思ったか着ていた服に手をかけ、ポンポンと脱ぎ始めたのだ。


「うわぁっ。ちょ、ちょっと蛮ちゃん!」


いくら、ホンキートンクの営業も終わり、カーテンや鍵は閉められ、この場に銀次と蛮だけしかいないとはいえ、あまりの突然の行動に、銀次はポカンと口を開けたままだ。


「うっせぇな。チョコ食うんだから、黙って見てろ!」


すっかり一糸纏わぬ姿になってしまった蛮は、ボックス席のソファーに腰掛け、片膝を立てた。

あらぬ所が丸見えになってしまう格好に、銀次の喉が思わず鳴る。

テーブルに置いたチョコを一欠片取ると、妖艶な舌で舐め上げ、テカテカと唾液に濡れたチョコを、あろう事か下の口へと押し込めたのだ。


「ふっ……あっ、やっぱ、きついな…ふぅ、ン。」

「蛮ちゃん。な、何やって……。」

「何って…。チョコ食ってるに決まってんだろ?」


指先にねっとりと絡んだ溶けたチョコを、卑猥な舌が舐め取りながら、蛮は笑って言った。

一つ目が入ってしまうと、蛮はまたチョコの欠片を手にとって、二つ目、三つ目と入れ始める。


「あふっ……はっ、あぁ……んっ…ぁ……あっ…。」


店中に甘い香りと蛮の喘ぎ声が重なり合って広がる。

緩く溶け出したチョコが徐々に指先を滑らかに飲み込み、角の取れた欠片を腸壁に擦り付けていく。

何の兆しもなかった性器がゆうらりと勃ち上がり、蛮が快感を拾い上げてきているのが見て取れた。


「お前のチョコ、最高にうめぇじゃねぇか。」


壮絶で妖艶な姿に目を奪われ、立ち尽くしていた銀次に、蛮が色めかしい視線を送る。

銀次の理性は途端に突き崩され、蛮をソファーへと押し倒していた。


「蛮ちゃん…。俺。」

「こんな冷たくなるまで考え込みやがって…。」


蛮の体に触れる銀次の手は、芯から冷えたように冷たかった。その冷たさを嫌がりもせずに、蛮はその背中に腕を回した。


「形が壊れたって、そこに込めた気持ちまで壊れるわけじゃねぇだろう?」


蛮に言われ、銀次はハッとなった。

チョコに込めた蛮を思う気持ちは、チョコの形が崩れても…、いや、どんな事が起ころうとも変わる事はない。

そして、蛮がそう言うという事は、己の気持ちがちゃんと届いている証だった。

そう思った途端、銀次の胸はじわっと温かくなった。


「蛮ちゃん。チョコは壊れちゃったけど、代わりの物受け取ってくれる?」

「ああ。とびっきり甘くったって構わないぜ?」


交わした口づけは、ほんのりとビターチョコの味がした。




次の日、チョコ代わりのとびっきり甘いプレゼントのせいで、動けなくなってしまった蛮の姿が、ホンキートンクにあったという。

そして、残ったチョコはミルクに溶かされて、ホットチョコとして、おいしく蛮の胃袋に収められたのだった。





【あとがき】

神成様。73000HITおめでとうございますv

というか、本当に1ヶ月以上お待たせしてしまって、申し訳ありませんでした;;

『銀蛮で甘いバレンタイン』という事だったので、バレンタインに近い時期がいいかなと思って…、いえ、反省しています。

最初書き上がった話がエロもなく、無駄に長かったので、思い切ってざっくり書き直し、エロを足してみました。甘くなっていれば良いのですが…。




goto様、ありがとうございます。毎回予想以上の作品があがってくるので、懲りずに楽しみにしておりますよ。
蛮ちゃんの暴走具合なんてウチの蛮ちゃん以上ですよ〜。蛮ちゃんの暴走サイコー!!
本当にチョコがけ甘甘な銀蛮ですね。




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