〜Long day of CAT!〜
朝、起きたら、俺は猫になっていた。 血統書付きと見紛う程の艶やかな毛並みをした、尻尾の長い黒猫。紫がかった瞳は、人間の頃、そのままだ。
ともかく、俺は階下に下りてマリーアに訴えた。 銀次が無限城に泊まりがけで行っちまってるから、飯をたかりにマリーアの隠れ家に泊まりに来ていたのだ。
「ニャニャー!ニャニャニャーゴニャー!(マリーア!これはどういう事だ!)」 「あっらー、蛮。可愛らしい格好になっちゃって。」
さすが99歳も生きていた魔女だ。 俺のこの姿を見ても、大して驚いた様子もない。
「貴方、あの棚のワイン飲んだのね?いくら銀次くんがいなくて寂しいからって、あれは、『呪いのワイン』だったのに。」
マリーアは俺をひょいと持ち上げ、豊満な胸に抱くと、ため息を零した。
「ニャーニャーニャニャ(な、なんだって?)」 「あのワインはね。今の貴方のように飲んだ人間を猫の姿に変えてしまうのよ。」 「フニャーニャ、ニャーニャー、ニャニャニャ(呪いを解く方法はねぇのかよ?)」 「あるにはあるわ。猫の姿になってから24時間以内に、好きな相手に自分だって気付いて貰う事。相手に気付かれなかったり、時間が経つと一生猫のままよ。」 「ニャニャッ、ニャーニャーニャ(だったら、早く銀次にこの事を知らせろ)」 「それは無理よ。教えた時点で、貴方は一生猫のまま。自力で気付いて貰えなければ呪いは解けないわ。」
―冗談じゃねぇ。一生猫のままなんて真っ平だ!
苦しいくらいに埋もれていた肉メロンからヒラリと飛び出した。
「蛮。何処行くの?」 「ニャニャ、ニャーゴニャーニャ(ともかく、銀次のトコに行く)」
まずは、そこから始めねぇ事には何も解決しねぇ。 俺はマリーアの家を飛び出した。
マリーアの隠れ家から、やっと無限城まで見える所まで辿り着いたが、猫の体に慣れてないせいか、元々猫の体力がそうなのか、俺は疲労困憊だった。
「ニャーニャニャ(ああ。シンドっ)」
植え込みの影に身を寄せて、少しでも疲れを癒そうと、体を丸める。 だが、ふいに首根っこを掴まれて持ち上げられた。
「こんな所に猫とは、珍しい…。」 「ニャッ、ニャニャー!(あ、赤屍っ)」
持ち上げてる人物を一目見遣り、俺はギョッとする。
―何だって、こんな時に会わなきゃなんねーんだよ!
ジタバタと藻掻くが、しっかり掴まれて、思うようにいかない。
「ほら。暴れたら落ちてしまいますよ?」
スッと抱え込まれ、赤屍は俺の喉に手をやる。 指先が上下に往復し、やわやわと喉元を撫でられる。
―うっ、やべぇ。
優しい指使いに、ゾクリとする。ツボを知り得た動きに、ジワジワと心地良さが染みてきて、強張っていた体から力が抜けていく。
―何か、すっげー気持ちいい。
気がつくと俺は、赤屍に身を擦り寄せて、その喉をゴロゴロと鳴らしていたのだ。
「紫紺の瞳とは…。まるで、誰かさんみたいですね。このまま、飼ってしまいたいくらいだ。」
うっとりと夢見心地だった世界から、危うい台詞に一気に現実に帰る。 俺はグルリと身を捩って、赤屍の胸から飛び出した。
「やれやれ。逃げられてしまいましたか…。」
―危ねぇ、危ねぇ…。危うく赤屍の飼い猫として一生を終えるトコだったぜ。
再び俺は走り出して、とうとう無限城までやってきた。 早いトコ、銀次を見つけねぇと…。
「ウニャッ。」
走り出した俺は、どんっと、何か当たって弾かれた。 ゴロリと地面を転がった体を温かいものが受け止める。
「ドジな猫だな。大丈夫か?」
聞き慣れた声にそっと瞼を持ち上げれば、
「ウニャニャ(猿回し)」
どうやら、俺は猿回しにぶつかったらしい。 赤屍の次はコイツかよ!
「猿回し…たぁ、美堂みたいな事を言う猫だな。」
迂闊だった。コイツは、腐ってもビーストマスター、動物の言葉がわかるんだった。 冷や汗がつぅっと、伝っていくようだ。
「へー。瞳の色まで同じかよ。まさか、本当にアイツって事は…。」
真実に辿り着きそうな台詞を呟き始めた猿回しの手に、俺は思いっきり噛みついてやった。
「いってぇ。」
怯んだ隙に、俺は地面に着地。直ぐ様駆けた。
―銀次の前に、猿回しにバレても意味ねぇっての!
狭い路地をすり抜け、壁の上を駆け、窓から隣のビルに飛び移る。身のこなしが大分猫らしくなってきて、動き易い反面、焦燥に駆られる。
−ったく、銀次の奴、何処にいんだよ!
突如、ぞわっと身の毛立ったかと思うと、平行して走っていた壁が音を立てて崩れた。 その衝撃に小さな猫の体が吹き飛ばされそうになり、瓦礫を何とか避けながら、クルリと空中で身をかわした。
「ニャ、ニャニャーニャ(な、なんだ?)」
殺意で塗り固められた視線に貫かれる。 崩れた壁の向こうにいたのは、不動だった。
「ちっ。美堂の気配がすると思ったら、ただの猫かよ。」
不動は忌々しげに吐き捨てる。 臆病な人間なら、その一睨みだけでも息の根が止まるのではないかというくらい恐ろしげな瞳が俺を見た。
「ふぅん。美堂そっくりの目ぇ、してやがんなぁ。暇つぶしに切り刻むにはちょうどいいか…。」
血のように赤い舌が上唇を舐め上げる。 そして、次の瞬間に、刃を纏った義手が俺めがけて振り下ろされた。
「フニャーニャニャ!(冗談じゃねぇー!)」
−誰かお前の暇つぶしに、殺されなくちゃなんねーんだよ。
俺は壊れた扉の隙間に体を滑り込ませて、その場から逃げ出した。
だが、相当俺も運が悪いらしい。 飛び出した先には、部屋も廊下もなく、地上数十メートルという空中に投げ出された格好になったのだ。 いくら、猫が高い所からの着地が得意だったとしても、この高さから落ちたらどうなるか検討もつかない。
助からないと諦めた不動の背中が見える。
−銀次っ
落下の衝撃に、俺はいつしか気を失っていた。
柔らかな感触に瞼を持ち上げる。 打ちっ放しのコンクリート壁が真っ先に見えた。マットレスと毛布だけが置かれた寝床。他に家具らしいものはない。 じゃあ。俺は何処に寝ているんだろうと、身を起こそうとして、上から声がした。
「気が付いた?」 「ニャニャニャっ(銀次!)」
丸い瞳に飛び込む、ずっと探していた銀次の顔。 無造作に敷かれたラグの上に胡座を掻いて座っていた銀次の、その腕の中に抱かれていたのだ。
「よかった。気が付いて。空から降ってきた時はどうしようかと思っちゃった。」
間近で見る銀次の笑顔は、たった一日見ていないだけなのに、酷く懐かしいもののような気がした。
−ああ。やっと、会えた…。
鼻先を銀次の頬に擦り寄せる。
「なぁに?お礼のつもり?」
擽ったそうに銀次が笑う。
「でも、君が気が付いたんなら、俺、帰らないと…。蛮ちゃんが寂しがってるといけないから。」
抱き締められていた体勢から半身を起こし、銀次の肩に両手を付き、向かい合うような格好でざらりとする舌で唇を舐めた。唇を辿り、顎を舐め、首筋を擽る。 猫がじゃれついて舐めているのとは明らかに違う、官能を誘う動き。
「ちょ、ちょっと猫ちゃん!」
真っ赤になった銀次が、グイッと両脇を持って引っ剥がした。
「ウニャー…(銀次…)」
真っ直ぐに瞳を射る。 思いを込めて、名前を呟く。
なぁ。気が付けよ。 俺は、ここにいるんだよ……。
姿形が変わったくらいでわからないなんて、言わせねーぞ?
「ウニャー…(銀次…)」
もう一度、名前を呼んだ。 夕景を映した窓が、タイムリミットが近い事を知らせている。
「ば、んちゃ…ん?」
ぽつりと銀次が呟いた瞬間、ドクンと大きく心臓が跳ね上がった。体中の細胞が沸々と煮えたぎっていくような感覚に身を捩る。 水が蒸発するように、体から白煙が立ち上って辺りを包み込んだ。 それから、静かに白煙が引いていくと、銀次の瞳がそれに合わせるように、徐々に見開かれていった。
「ば、蛮ちゃん!」
はっきりと、確信を持って叫ばれた名前に、ふと、自分の体を見れば、黒い体毛に覆われた体はなかった。 銀次を見上げていた視線も、同じ高さになっている。手だって、肉球すらない。
「助かった…。間に合ったみてぇだな。」
銀次は、未だポカンとしている。 そりゃ、無理もないか。今まで猫だった奴が人間に変わりゃあ、誰だって驚く。
「銀次。驚くのも無理ねーけど、これには訳があって…。」
事の次第を説明しようとしたが、銀次の目線は何故か上の方にあって……。 俺は、何気なく頭を触ってみた。
−−ふに…?
「ま、まさか……。」
両手でしっかり触ったそこには、猫の耳。 そして、尾骨の辺りにはスラリと長い尻尾まで付いていたのだ。
「なんだよ。この中途半端な戻り方は!」
怒りに肩を震わせていると、銀次が俺を担ぎ上げて、マットレスの上に放り投げた。 そして、四つん這いの姿勢から俺に覆い被さってきた。
「おいっ。何、いきなり盛ってんだよ?てめぇは!」 「蛮ちゃんこそ、自分が今、どんな格好してるかわかってるの?」
銀次に言われて、ハタっと気が付く。 猫の姿から戻った俺は、もちろん服など着てはおらず、全裸なわけで、尚かつ、猫耳に尻尾というオプション付き。 これでは、飢えた狼の前に差し出された哀れな子兎と同じようなものだ。
「蛮ちゃん。ごめん。でも、俺、我慢出来ないよ……。」 「ちょっ……待てよ、銀次っ。」
俺の上に覆い被さったまま、銀次はバサッと上着を脱ぎ捨てた。その拍子に、何かが零れ落ちた。 ふわりと薫るソレに、ゾクゾクと背筋が震える。
「蛮ちゃん?」 「銀次…。お前、亀の甲の様な形した実がなってるツルか何かに触らなかったか?」 「猫って、蛮ちゃんだったけど……が落ちてきた時、受け止めた拍子に木にぶつかったから、そこに絡まってたような…。」
−ヤバイ。何だって、山地に自生するもんがこんな裏新宿になんかにあるんだよ!
ふいに、銀次が何かを思い出したように、暗い笑みを深めた。
「ああ。そうか…。これって、『マタタビ』って言うんだっけ?猫が匂い嗅いだりすると興奮しちゃうんだよね。前に士度が言ってた。」 「ぎ、銀次。何す……。」
銀次は落ちていた実を拾い上げると、握り潰して、自分の体に塗りつけた。
「蛮ちゃん……。」
塗りつけた体で覆い被され、熱い舌が耳の中を掻き回し、甘く耳朶を噛む。 立ち上る強烈な匂いが理性を突き崩し、じわじわと体に熱が帯び始めてきた。 腰の辺りから重く広がる感覚に、まだほんの少し愛撫されただけだというのに、俺のモノは緩やかに反応を示していた。
「銀次ぃ……。」
知らず知らず、甘ったるい声で銀次を求める。 恍惚とした表情を浮かべる俺は、性的快楽に支配された従順なる僕だ。
「蛮ちゃん。お尻こっちに向けて、突き出すように上げて?」
銀次の囁きに、俺は言われるがままに四つん這いになり、尻を突きだした。
「あ、ぅ………んっ……。」
ソロリと舌が入口を撫でた。 舌先が緩やかに縁をなで、入口の扉を叩くように、窄まったソコを突く。
「はっ……んっ、ぁ……あっ………っ……。」
頭上に鎮座する二つの耳は、弱々しく伏せられ、小刻みに震えながら、官能に敏感に反応を示し、愛撫の度にピクンピクンと揺れた。 ゆるゆると開かれた入口には、先端を尖ませた舌を突き立てられる。生き物のように蠢く舌が、送り込んだ唾液と体液を弧を描いて混ぜ合わせていく。
「ふぁ、ァ……ぁ、あっ……あぁ、ンっ………ぁ……。」
何か思い付いたように、ふいに銀次は、目の前に揺らめく尻尾の根元を鷲掴んだ。
「あ、ぁあっ………。」
今まで感じた事もない、その衝撃に思わず背筋が反り返った。耳が弾かれたようにピクンと瞬き、尻尾がふるふると震え出す。 腰の辺りからジワジワと得体の知れない感覚が広がって、力が抜けていくような、けれど、決して悪い気分ではないものが背筋を駆けていく。
「ぎっ……それ、やめっ…。」
自分がどうにかなってしまいそうな恐怖。酷く乱されてしまいそうな気がして、俺は涙目になって懇願した。 だが、銀次は止めるどころか、尻尾をやや強めに握ったまま、まるで性器でも扱くような手付きで上下に撫でたのだ。
「あ、ぁ、あ、あ………。」
シーツすら引いてないマットレスに顔を擦りつけて、無意識に溢れてくる涙が頬を伝っていくのを頭の片隅で感じながら、ただ喘ぐ。
「ひぃ、いっ……あっぁ………あっ、あ、ン。」 「蛮ちゃん。入れるよ?」
抜かれた指に、ホッと一呼吸吐くも、すぐに熱い塊が待ち構えていた。 押し当てられ、肉の壁を掻き分けながら、ヌーっと奥まで入ってくる。
「はぁ、んっ……ッ。」
ズンと、重く胃まで響いてくる感じ。 苦しいはずのその感覚に、確かに存在する快楽が頭の芯を麻痺させる。
猫耳にそっと銀次の唇が触れる。ヒヤリとする猫の耳に、銀次の口付けは、やたら熱かった。 再び尻尾を握られて、腰を打ち付け始める。
「やっ…ッ………あぁ、アっ……いぃ。」
気持ち良くて、頭はもう真っ白で、爪先からてっぺんまでが甘く痺れていて、それしか考えられなくなる。 ガクガクと揺さ振られ、尻尾からの刺激にナカは収縮を繰り返し、銀次を抱き締めた。 折り重なるように背中に銀次が覆いかぶさると、猫耳を甘く噛みつき、今度は尻尾の代わりに前を扱かれる。
「あぁっ………あっ…い……っよ、銀次っ。」
背中と腹に挟まれた尻尾が、快感を感じて、ビクビクと揺れた。 浅ましい程に銀次を求めて、銀次もまた欲望のままに腰を突き動かして、本当に獣の交わりのようだ。
ある種、予感は当たっていた。 羞恥も理性も溶け出し、こんなにも感じてる自分が怖かった。
「あぅ……ァ…もぅ、銀次……ダメっ。」
堪え切れず、銀次の手の中で吐き出した。 受け止め切れずに溢れた白い体液が、ハタハタと涙のようにマットレスに散る。
「そんなに気持ちよかった?じゃあ、今度は俺も気持ちさせて?」
抜かれる事なく、体勢を変えると、銀次に背を向け騎乗する形になる。 達したばかりで敏感になってるせいか思うように動けずにいると、焦れた銀次に下から突き上げられた。
「ひぃっ……ぃ………あ、あぁ…。」
緩やかに尻尾を撫で回されて、弾かれたように弓なりに背中が反った。
「本当…、猫みたい。」
銀次が、吐息も漏らす。 本能に突き動かされて、俺の腰もいつしか揺れていた。 そして、快楽に鎌首をもたげ始めている自身に、イヤらし過ぎて苦笑する。
「あっ…蛮ちゃん。……ッ、イキそ。」
絡み付いている肉ヒダが脈打つ銀次を感じて、一層深く絡みつく。 すると、熱い体液が断続的に注がれた。ウチを焼かれていくのを感じ取って、また俺もイった。
「……ッ。」
見慣れぬ景色に、『何処だ、ここ…』と呟こうとして、枯れた声にありありと昨日の事を思い出す。 そっと、頭と尻に触れ、昨日まであったソレが消えていた事に、一先ず胸を撫で下ろした。
関節やらあちこちから軋む音がする。特に腰は疲労と鈍い痛みに、動かせる気がしない。
―半日は動けねぇな…。
小さくため息を吐いたら、背後から伸びた腕に抱き込まれた。
「…ッ、………!」 「ば、ちゃん…。猫耳かわい…、尻尾ムニャ…」
―ちっ、嬉しそうな面しやがって!
肩越しに見れば、寝惚けているとはいえ、目尻も口元もユルッユルに緩んでやがった。 鼻っ柱を摘んでやろうと思ったが、がっしりと抱え込まれちまって動けない。 諦めて、強張ってた体を弛緩させ、銀次に身を預けた。 素肌から伝わる温もりは、心地いい。トクトクと規則正しく刻む音も、俺を安心させる。
最初から、マリーアが仕組んでやがったんじゃないだろうか? そこに置けば、俺がワインを飲むと見越し、一生猫のままなんて単なる脅し。銀次の声をきっかけに徐々に魔法が解けるようになってたんじゃ…。 暇を持て余すババアならやりかねない。
―まっ、いいか。騙されてやっても。
正直、昨日はその……今までになくヨカったわけだし…。 銀次の阿呆みたいに喜んだ面見てたら、それもアリかと思ったのも事実だ。
まだ早い目覚めに、再び瞼を閉じる。 けれど、金輪際、マリーアの家のワインは飲まないと、固く心に誓いながら。
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