「銀次っ!」
突き飛ばされ、振り返った先で見たものは、崩れた天井の下敷きになる銀次の姿だった。
これは、運命なのか?
それとも、誰かによって仕組まれた必然なのか?
「でも、思ったより大した怪我ではなくて安心しましたよ。銀次さん。」 「ったく。心配かけやがって。」 「ごめんね。カヅっちゃん。士度。」
病室のベッドでは、頭部に包帯を巻き、頬や腕などにガーゼを貼った痛々しい銀次が、見舞いに来た二人に変わらぬ笑顔を向けた。 その笑顔に、見た目よりも元気であるのだと、二人はホッとする。
「皆には、迷惑かけちゃったね。特に…えーと、美堂くんだっけ?病院まで運んでくれて、ありがとう。」
ベッドから離れた位置で壁にもたれていた蛮に、何処かよそよそしさを感じる笑顔で、銀次は言った。 二人は驚愕に言葉を失い、弾かれたように蛮を見た。 驚愕の瞳が、言葉以上に雄弁に蛮に語りかけてくる。 そんな二人を察し、蛮が重たそうに口を開いた。
「…お前らが思った通り、奴は俺の事だけ綺麗さっぱり忘れてんだよ」
サングラスをしていて良かった。 こんな泣きそうになってる瞳を見られずに済む。
「そんな、まさか…。」 「銀次。本当に美堂の事、忘れちまったのか?」
士度に詰め寄られ、銀次の柳眉が八の字に下がる。
「うん。GetBackersって名前の奪還屋でコンビ組んでたって説明されたんだけど…。」
申し訳なさそうに、銀次はチラリと蛮を見る。
「まっ、怪我は大した事ねぇから、すぐ退院出来るってよ。そのうち、思い出すだろ。」 「何、呑気な事言って…」
声を荒げた士度を、花月は無言で肩を掴み、首を左右に振って制した。 何でもないような言い方をしながら、一番堪えているのは、蛮なのだと、花月はわかっているのだ。
蛮が言っていた通り、銀次はそれから一週間後に退院した。 銀次が怪我を負う原因となった依頼で得た収入で、安アパートを借りた。 入院費を払っても、まだ安アパートを借りられるのは、退院したばかりの銀次を思えば有り難かったが、蛮にしてみれば、仕事を請け負った事を後悔する程に失ったものは大きかった。 けれど、無事に退院し、普通の生活に戻れた事に、蛮は一応に安堵していた。
「んじゃ、しばらくは、ここが俺らの塒になっからよ。」
退院に合わせ、昨日契約したばかりの部屋を見回し、銀次が呟く。
「うん。でもさ、布団一組しかないの?」
スバルから運んだ荷物の中に、布団はこれっきりだ。
「あー。なんせ、ずっと車中生活だったからな、何組も持ち歩けねぇよ。一緒に寝るのが嫌なら、波児にでも借りるか?」 「別に嫌とかじゃなくて…」
銀次は、口ごもる。 不思議そうな視線を向けられ、躊躇う仕草をしながら、意を決したように顔が上がった。
「変な事、聞いてもいい?」 「何だよ?」 「俺達って、どんな関係だったの?」
ギクっと、背筋が震えた。 動揺する心を、綺麗にポーカーフェイスで包み隠して、蛮が言う。
「どんなって、説明したろ?奪還屋GetBackersでコンビ組んで…」 「違うよ。そういう事じゃなくて…。」
え?っと、顔を上げた時には、蛮はささくれた畳に敷いた薄い布団に押し倒されていた。
「じゃあ、何で俺は、美堂くんを見てると、こんな気持ちになるの?」 「銀次……ン、ふっ……ンンっ」
銀次が記憶を失ってから、初めてのキスだった。 一週間ぶりのキスは、酷く懐かしく、ぬめった舌が作り上げる官能が、蛮の理性を溶かしていく。
「はっ……んっ…ふぁ……ン」
絡めた舌と舌の間には、銀色の糸が妖しく掛かり、顎を濡らす。 荒くなった息遣いと薄く色付いた頬に、銀次は満足げに笑った。
「美堂くんを見てるとね。俺の胸の奥が切ないような、嬉しいような、愛しい気持ちで溢れてくるんだ。」
蛮の手を畳に縫い留めていた手で、胸をギュッと鷲掴む。
「きっと、美堂くんは俺にとって大切な人なんだってわかるんだ。けど…」
胸を掴んだ手がゆったりと蛮へと伸びた。そして、頬を撫で、うなじへと下っていく。
「大切な人だってわかっていて、何でその人だけ忘れちゃったんだろうって不思議だった。」 「銀次…?」
――ヤバイ
咄嗟に、蛮は思った。 本能が危険信号を打ち鳴らす。 起き上がろうとした蛮を電流が襲った。
「ぐぁッ……はっ…ぁ」 「でも、ようやく、わかったよ。」
昏倒していく意識の中で、銀次の台詞だけが、やけに鮮明だった。
ふと、気がつくと、鳥籠に似せた鉄格子の中にあるキングサイズのベットに寝かされていた。
「…動かねぇ?」
起き上がろうとした蛮は、自由にならない己の体に起こった事態に気付いた。 仰向けの状態で首だけを持ち上げると、足首から先がゴム人形のようにクタリとしている。 さらに両腕も他人の腕を着けられたように自由が利かなかった。
「美堂くん。気が付いた?」
鉄格子の外で、銀次が微笑む。
「銀次。てめぇ、何しやがった!」 「ちょっと、両肩と足首の関節外しただけだよ。逃げられたら嫌だから。」
悪びれた風でもなく、さらりと言った。
「ふざけんな!こんな妙なトコに連れ込みやがって。」 「ここは、雷帝時代に作った無限城にある隠れ家だよ。」 「そういう事、聞いてんじゃねぇよ。」 「だって、仕方ないじゃん。閉じ込めて独り占めしたいって思っちゃったんだもん。」
まるで子供みたいな物言いで言うと、銀次は鳥籠の中に入ってきた。 動けずにベットで寝ている蛮の隣りに腰かけて、ついと手を伸ばす。
「美堂くんを見てるとね。愛しいって思うのと同じくらい、めちゃくちゃにしたいって思うんだ。」
伸びた手がシャツを引き裂く。千切れたボタンが弾ぶのが、夢の出来事のように蛮の瞳に映った。
「綺麗…。」
柔らかな唇が、引き裂かれたシャツの下から現れた素肌の上を這う。 くすぐったいような小さな痛みの後には、赤い小さな花が咲いていた。
「…んじっ。止めろ!」
混乱したままに抱かれる事の恐怖。
蛮が知る、記憶を失う前とは様子の違う銀次に、戸惑いが隠せない。 何よりも、記憶のない状態で事に及ぼうとしている銀次が信じられなかった。
「んっ……あっ…ぁ………ふぅ、ン」
肌の上を滑っていた唇が、胸の突起を果実のように口に含んだ。 舌先でチロチロと甘く転がされ、吸い上げられると、ゾワリとした疼きが腰の辺りから湧く。
「ひぃ、んっ………痛ぅ……」
だが、その甘さを打ち消すような強い力で突起に歯を立てられた。 赤い鮮血が、ジワリと唾液に濡れたソコに広がる。
「ああ。ごめんね。あんまり美味しそうだったから、つい食べたくなっちゃった。」 「銀次っ……やっ…ぁ」
血の滲むソコを銀次が執拗に舌を往復させると、ジワジワと傷口に痛みが浸みていく。 顔をしかめながらも、官能は着実に高まって、緩やかに勃ち上がりかけた性器に銀次の手が伸びた。
「あ、あぁ……っ…銀次……っ」 「美堂くんって、痛いのも感じるの?」 「違っ……アァっ…」
ズボン越しに強く握られ、蛮の口から悲鳴に近い声が上がった。 銀次は構わずに、舌先で傷口を押し広げるように攻めながら、性器を上下に扱く。
「あっ……ァ…んっ……アァ……あんっ、ぁ」
空いたもう一方の手も、傷ついた突起とは別の突起を攻め始め、射精感を更に煽った。
どんどん流されていく事態をどうにかしたくても、逃げる足も引き離す手も断たれ、蛮は与えられる刺激の全てを容赦なく受けねばならなかった。
「やっ…もう、イく……アァ、あっ……」
ビクンと腰が跳ねて、布に包まれたままに蛮は吐き出した。 下半身を冷たく濡らしていく不快感は、そのまま羞恥心へと取って変わっていく。
「ハァハァ……んじ、お前は…こんな事する奴じゃなかったろう?」
記憶を失っても、銀次は銀次であるはずだと、蛮は訴える。
酷い事をしている自覚は、銀次にもあった。
けれど、恐ろしい程に罪悪感は感じない。 むしろ、泣き叫ぶ蛮に充足した気分を味わうだけ。
「忘れちゃったよ、そんなの。」 「銀次!」
暗い笑みを浮かべ、銀次は言い切った。 そして、濡れた下着とズボンを剥ぎ取った。
「何で大事だと思ってる美堂くんの事を忘れたのか、わかったって言ったでしょう?」
銀次は言いながら、蛮の膝裏を掴み、両足を合わせてると、胸へと押し付けた。 腰を浮かせたら、目の前に現れたヒクリヒクリとうごめいている官能への入口。 受け入れの準備もしていないソコへ、先走りに濡れた銀次の肉塊が触れた。
「待てっ、銀次!無理だ…」
訪れるであろう衝撃に背筋が震え上がる。 にちっと、肉を掻き分けて僅かに先端が押し込まれただけで、ビリビリと痛みが体を駆けた。
「や…、止めろ!銀次、銀次。」
蛮は必死で叫ぶが、銀次はそれを冷ややかに見下ろすだけだった。 スローモーションのように銀次の口元に笑みが作られていくのを見届けた次の瞬間…
「ひっ……いっ、アァ……っ」
蛮の意志を踏みにじって、強引に貫かれた肉塊が作る、体を二つに裂かれたような痛みに、蛮は泣き叫んだ。
「あぁ……やめっ……銀次っ………ぁ……。」
腰を突き上げる度にゆらゆらと、足首や腕が木偶人形のように意志も持たずに揺らめく。 強引に突き入れて引き攣れたソコから赤い血が滲んで、まるで処女を犯している気分だった。
「きっとね。美堂くん。」
泣き濡れている蛮を見つめ、確信したように笑むと、銀次は独り言のように呟く。
「前の俺も、ずっとこうしたかったんだよ。 でもね。美堂くんとの信頼も、築き上げた絆も、ダメにするのが怖かったんだろうね。」 「ひぃ……痛ぇ……あぁ、ぎん……いっ、アァ……。」
キヲクが邪魔をするのなら… そんなのもの無くなってしまえばいい。
失うものがなければ、何を恐れる事があるだろう?
「だから、美堂くんの事だけ忘れちゃったんだよ。 『記憶を失った俺』には、失う恐怖なんてないでしょ?」 「ぎ……んじ…。」
絶望に濡れた紫紺の瞳から、また新たに一滴の涙が頬を伝って落ちていった。 流れる涙の意味も問わず、銀次は更に奥へ己をねじ込んで蛮の秘所を突いた。
「あぁ……銀次っ、やだ!止めろっ………いぃ、あぁ」 「美堂くん。もっと、もっと教えて? 知りたいんだ。何処が一番感じるかとか、どんな声で『強請る』のかとか…。」 「やっ………ぎん……じぃ……。」
もはや、そこには蛮の知る銀次はいない。 失われた記憶と共に、消えてしまったのだと…
頬を伝う涙が語る。
そして、白紙のソレに新たなキヲクが刻まれた。
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