WOMAN




「ヘブンの野郎〜。乳揉むだけじゃ済まさねぇからな!」

「蛮ちゃん。今は、『女の人』なんだから、女らしくしなきゃ。」


不機嫌も露わな蛮は、チッと舌打ちをした。



−本当に格好だけなら、何処から見ても女の人なのに。


ふぅっと溜息を吐いて、銀次は改めて蛮を見る。


蛮が今着ているのは、体のラインが適度にわかるシンプルな黒のロングドレス。

胸元でクロスされた肩ひもは首の後ろで結ぶようになっており、その背中は腰のあたりまで大胆に開いている。胸元のギャザーはパットで誤魔化した胸が少しでも大きく見えるようにというデザインだ。さらに、太股の半分まで大きくスリットが入り、時折白くほっそりした足がチラチラと見え、その度に銀次はどぎまぎした。



何故、蛮が女装をし、こんなお見合いパーティーの会場に潜り込んでいるかと言えば、一週間前にヘブンが持ってきた依頼にあった。

パーティ会場から行方不明になった娘を奪還して欲しいという依頼内容で、ヘブンが調べてみると、似たような事件がすでに三件は起きているという。

その行方不明になった女の共通点が『黒髪で色白の美人』というのだから、蛮に白羽の矢が立ったというわけだ。



「おい。銀次。お前食い物持って来い。こんな格好させられて、せめて食わなきゃやってらんねぇ。」

「えっ。でも、蛮ちゃん一人にしておけないよ。」

「男連れだったら、敵も声掛けずれーだろ。いいから、行け。」


シッシッと、犬でも追っ払うような手付きで追い払われ、銀次は渋々料理を取りに行った。


−ったく、何を心配してんだか。こんなデカい女に声を掛ける物好きがいるかよ。


そう心中で呟く蛮は、気が付いていなかった。

自分がいかに、周りから注目されているかという事を。


スラリと伸びた身長はまるでモデルのようであり、女に比べ丸みが少ないものの、良質の筋肉に包まれた体は、スポーツ選手の洗練された肉体を思わせた。

背中やスリットから覗く素肌も、白く肌理細やかで触れれば吸い付きそうに瑞々しい。

嫌味なく施された化粧も、その希有な瞳の色と相まって、人々の感嘆を誘った。


あまりにも高根の華であり過ぎて、銀次が目を光らせている事もあり、なかなか声がかけずらいのが現実だった。

だが、銀次が立ち去って程なく、蛮の前に30代半ばのブランドのスーツを嫌味な程着こなした、インテリ風の男が声を掛けてきた。


「よろしければ、一曲お相手出来ませんか?お嬢さん。」


見るからに高価な腕時計に、男には珍しくリングまで嵌め、その身につけているものだけでも、女が喜んで付いてきそうな雰囲気だ。

けれど、何よりも蛮が目を惹いたのは、そんな装飾品ではなかった。微笑んでいるのに、決して笑っていない冷たい瞳だ。その奥に潜む冷徹な匂いを、蛮は本能で感じ取った。


−こいつが、女共を奪ってった奴らしいな。


ニコリと微笑み、蛮は男の差し出した手を取った。

男からのダンスの誘いを無下に断ってはいけない事は、社交界の常識でもある。


−さぁて。俺様の邪眼をとくと味わって貰おうか。


男に視線を合わせようとした瞬間、グラリと視界が揺らいだ。


−な……んだ?


天地がひっくり返る感覚。自由が奪われていく体。

蛮はふと、男に握られた手に小さな痛みを感じた。


−野郎。指輪に毒針を仕込んでいやがったな。


恐らく、握った瞬間に毒針が飛び出す仕掛けだったのだろう。霞んでいく景色の中で、男が不敵に笑ったのが見えた。


「銀次……。」



小さな呟きだけが、パーティー会場に残された。








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