なんにも考えたくなくって‥‥


なんにも見たくなくって‥‥


なんにも聞きたくなくって‥‥



閉じこもって、

膝を抱えて、

小さくなっていた。



昔の無限城は無くなった。



無限城って、どんな形をしてたっけ?


覚えていない。

けど────

今、ここに存在する無限城とは違った、という事だけは覚えている。

そして────

今ここに、蛮ちゃんが居ない、という事実も。

分かりすぎるほど、理解している、つもりだった。









古ぼけたアパートの部屋の中で、壁に背を預けうずくまる。

そのまま、ずっと自分の中に閉じこもっている。

蛮ちゃんが居ない。

ただ、それだけなのに。

それだけがオレにとっては全てなんだ。


だから、膝を抱えてうずくまる。


オレもこのまま、消えてしまえればいいのに‥‥‥











ギィッ‥と軋むドアの音とともに、オレの所まで外の明るい光が伸びてくる。

「銀ちゃん‥」

呟き声は意外な人物だった。

オレはゆっくりと強張って軋む躯を動かして顔を上げて相手を見た。

逆光の中に立つ人物はシルエットで顔の表情なんて見えはしない。

けれど、かけられた声から、どんな表情をしているのか簡単に想像できた。

「‥‥マリーアさん。‥‥オレ‥‥オレ‥」

「銀ちゃんは、優しいのね。ありがとう、蛮の事、そんなに想ってくれて」

「オレ‥‥オレ‥‥は‥、蛮ちゃんも、助けたかったのに‥‥なのに‥オレが‥‥あの結果の、オレの‥せいで‥」

ゆっくりと彼女の首が左右に振られる。

「それは違うわよ。貴方のせいじゃないわ。あの子もそう思ってるはずよ。‥ね?」

優しく、諭すように言われ、オレは今まで忘れていた涙が溢れるのを止められなかった。




彼女は、蛮ちゃんに似ている。

彼女が母親がわりをした期間はそんなに長くはなかったらしい。

けれど、彼の不器用な優しさや、諭すように、理解出来るようにと、ゆっくりと話すところとか、小首を傾げて、優しく微笑む様や、様々な仕草や態度に似ているところが見つけられる。

それだけ蛮にとって、彼女という存在は大きかったのだろう。



「ありがとう。蛮に代わってお礼を言うわ。あの子があんなに明るく精一杯生きられたのは、間違いなく貴方のお陰よ。私と過ごした頃は、笑ってはくれるようになったけど、どうせ死ぬんだって、投げやりな感じが付き纏っていたの」

「‥‥‥‥‥」

彼女の言いたい事は、何となくだが理解できた。


初めて会った頃の蛮は、表情しか笑ってはいなかった。

なげやりな態度。

他人を見下し、小ばかにしたように見る、あの、感情の籠もらないガラスの瞳。

死にたいとばかりに敵を作っていた。



蛮の事を思い出す度に────

後悔に、胸が締め付けられる。


「それでね、私はね、銀ちゃんにお願いがあって来たの」

「お願い? マリーアさんも皆みたいに、『蛮ちゃんの分まで生きて、幸せになって』なんて、言うの?」

「いいえ、今は言えないわ。そうではなくて、この『たまご』を育てて欲しいのよ」

「たまご? なんの?」

「うふふ。これはね、「蛮のたまご」なの。あの子が貴方の為に残していったものなのよ。だから、貰って欲しいの。銀ちゃんに。そして、このたまごを育ててみて欲しいの。それが私のお願いよ」

「蛮ちゃんの‥たまご? 何がうまれるの?」

「さあ? 私は知らないの。本当よ。だから、貴方の目で確かめて」

そう言って彼女はオレの手の上に、ニワトリの玉子よりすこしだけ大きい、綺麗な青いたまごを置いていった。






蛮ちゃんが────


オレの為に、残していった、『たまご』





一体、何が生まれるのだろう?





オレはそっと手でその「たまご」を優しく包み込み、閉じこもっていたボロアパートの部屋から、随分と久しぶりに外へと出たのだった。







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