銀色の自転車 13




ホンキートンクのランチタイムが終わった頃を見計らって、ヘヴンは現れた。

依頼人は昼頃から既に来ていて奥のボックス席に落ちつかなげに座っている。

本当に奪り還してもらえるのか、心配なのだろう。

「随分早くにいらっしゃったんですね。大丈夫ですよ」

ヘヴンは安心させるように声をかけ、向かい側に座った。

「波児、キリマンお願い」

「はいよ」

やがて運ばれてきた香り高いコーヒーに優雅に口をつける。

ヘヴンの様子はしごく落ち着いたものだ。依頼人もその様子を見て、わずがだが落ち着きを取り戻したようだった。

「約束の時間は夕方の5時。予定通りなら、そろそろこっちに向かって走っている頃ですわ」

奪還品のある場所からホンキートンクまでは車で1時間強かかる。今の時間が3時をかなり過ぎたところだから、そろそろ奪還は終わっているはずだ。

噂をすれば何とやら。よく言われることだが、まさにそのとおりだとでも証明するかのように、ホンキートンクのドアが威勢良く開かれ、GBの二人が入り込んできたのだった。

「おまたせ〜」

「波児、ブルマン!」

二人が現れた途端、店内は一気に賑やかになったのだった。





「これが依頼の品で間違いねぇか?」

蛮が依頼人の前に、木で出来た古そうな箱を差し出した。

骨董品とまではいかないだろうがそれでも40年近くはたっていそうな箱だ。

依頼人はそれを手に取り、ふたを開け、その中を改めて見て、大きく頷いた。

「はい、間違いありません。本当になんとお礼を言ってよいか‥‥」

木箱は掛け軸とかを仕舞う為のものだった。依頼人の祖父は高名な日本画の画家で、特に掛け軸を多く世に残していた。

今回の箱はその祖父が初孫になる依頼人の為に画を残そうとして作らせたものだった。箱の内側には祖父の書が墨で書かれている。

本当なら、この中には掛け軸が収められているはずだったのだが、その画が完成する前に祖父は急逝してしまったのだった。その為、箱のみが依頼人に遺産のひとつとして残されたのだった。

ただの木箱なら価値は無いが、祖父の書が入っているため、それなりの価値は付いてしまうものらしかった。

依頼人はその箱を大事にしていたのだが、以前祖父の画を買った人物に掛け軸を持ち帰るための適当な箱が無く、後日交換することを約束して貸したのだが、交換用の新しい木箱を持っていっても、『画の本物の証明になるから書が無い箱とは交換出来ない』と言い出し、交換を断られてしまったのだった。

その為に、今回GBに依頼することになったのだ。

裏も無く、やくざ家業とのつながりも無い、ごく普通の屋敷であったため、仕事は順調で、交換用にと渡された木箱と依頼品とを入れ替え敵他のだった。

毎日箱まで改めているのなら、直ぐに気づくだろうが、箱自体は放置されていたらしく埃をかぶっていた。だから、何かあって箱を必要とするまでは気づくことは無いだろうと蛮は依頼人に話した。

「交換するという約束だったのに、祖父の書が入っているというだけで、この箱にも価値があるとおもったんでしょう。こちらの取り返したいという態度もそれに拍車をかけてしまったのかもしれません。けれど、その書にある作品は存在しないものなんです。だから、祖父の書の価値しかないんですよ。私には祖父の形見という付加価値があるんですけどね」

「戻ってきて、良かったですわね」

「ええ。本当に。では、これがお二人への依頼料です」

彼は銀行名の入った封筒をテーブルに出し、GBのふたりの方へと押しやった。

「まいどあり」

「また何かあったら、よろしくね〜」

蛮は封筒を取り上げ、銀次はにこやかに笑う。

それに笑み返しながら依頼人は立ち上がると大事そうに布で包んだ奪還品を抱きかかえ、店を後にしたのだった。

「それ、全部あんた達の報酬よ。私のほうは既に受け取ってるから」

「お〜! 祝いに寿司食うか〜」

「ホント? わーい、寿司寿司!」

「ツケ返せよ!」

「かたい事いうなよ。今日ぐらいはいいじゃねぇか」

毎度おなじみになってしまったGBと波児とのやり取りを横目にヘヴンは夏実とレナに手招きした。

「何ですか? ヘヴンさん」

「報告ね。OK貰ったわよ。仕事が急に入れば無理だけど、いまのとこ予定は無いからって」

「本当ですか。参加者1名追加ですね」

「大人数ですね、先輩。なんだか、ワクワクします」

角でしゃがみこみ頭を寄せ合い、ひそひそ話をする三人に上から声がかけられた。

「あの〜、それに僕達も参加させてもらえませんか?」

「え?」

振り仰いだ視線の先にいたのは花月だった。

「びっくりした。花月君。驚かせないでよ」

「すみません。マスター達も何か盛り上がってしまっていたもので‥」

ヘヴンがちらりと視線を向ければ、確かに波児は何か白熱したやり取りをGBの二人と(というか、主に蛮と)交わしている最中だった。

店に客が来たことにすら気づいていなさそうである。

「マスター! お客さんですよ〜」

夏実が叫んで漸く気づく始末だ。

「おっと、スマンスマン。いらっしゃい、今日は?」

「僕はブレンドをお願いします」

「俺も、珈琲は良くわからないので、花月と同じものを」

「お、俺も‥同じで‥‥」

そうして三人は奥のBOX席に収まったのだった。

「絃巻きにサムライ君に遠当てヤローのトリオかよ。珍しいじゃねぇか? 外でそのトリオなのは」

「今日はマクベスからの頼まれごとを片付けていたんですよ。二人ともその関係で一緒なんです。」

「そう言えば、笑師が騒いでいたが、サイクリングに行くそうだな」

「あ、うん。あ〜、十兵衛も無理だよね。いくらなんでも‥‥」

「うむ。流石に、今の状態では、無理だな」

十兵衛はそっと自分の目に指をあてた。

「絃巻きは乗れるのか?」

「自転車、ですか? そう言えば、美堂君は乗れるようになったんですか?」

「っち、しっかり知ってやがるか。なんとかな」

「僕は小さい頃に、十兵衛と練習したから、乗れると思いますよ。無限城に入ってからは、乗ってませんけどね」

「じゃ、一緒に行こうよ」

「良いんですか?」

「勿論だよね? 夏実ちゃん」

「はいです」

「サムライ君には嬢ちゃんと一緒に行動してもらえれば、猿回しが余計な心配しねぇですむんじゃねぇ?」

「それは?」

「目の見えぬ者でも参加できるのか?」

「自転車自体は無理でも着いた先での行動なら一緒に参加できるだろう? はい、注文の珈琲だ」

波児が言えば、十兵衛は大きく頷いた。

「そういう参加もあるんですか」

「ちょうどいいんじゃねぇ? 目的地に俺らが到着するまで嬢ちゃんと運転手の二人だけじゃ無用心になりかねねぇ。けど、サムライ君なら任せても安心だろ?」

「女性を守るのは、男として当然のこと。是非に、参加させてくれ」

とんとん拍子に花月達の参加も決まった。

「自転車を準備しなきゃいけませんね」

「士度も買ったって言ってたよ」

「ええ、笑師から散々聞かされました。僕も買うことにしましょうか」

花月は華やかに笑ってカップに口をつけた。



ひとしきりわいわいと話が盛り上がり、花月と雨流は自転車での参加、十兵衛はまどかと行動を共にするということで話は纏まった。

「こうなると、ホントに楽しみですね」

「ああ、雨が降らぬと良いな」

「本当に」

三人は無限城の方にと向かいながら楽しげに会話を交わしていた。



コメント:風雅参戦です。十兵衛もしっかり参加組。これからどうなるのやら。俊樹がスルー気味なのは態とです(笑)






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