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Fresh Kids ! 6
彼の相棒は『プチジェームスくん』だ。ケチで業突く張りでおまけに『伯爵』も入っているから始末に置けない。かといって、『少佐』になって欲しくもないので、またまた困り者だ。
『プチジェームスくん』の大事なものを壊した時の恐ろしさは、身を持って知っている。あわあわしながらも『プチボーナム』はげんなりとうなだれた。
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レースのついた華美な白いハンカチの上にこわれたサングラスが乗っている。銀次はそのサングラスをくらーい顔で見ながら、この世の終わりとばかりの深いため息を長々と吐き出した。
コトリと目前に置かれたマグカップには、甘い香りに包まれたセピア色の飲み物がゆらりと揺れていた。
「あっ……」
見上げれば女性と見間違う程の、美しい青年が銀色のお盆を手に、苦しい笑みを浮かべている。
「ココア……です。温かいうちに召し上がってください」
「ありがとう」小さくお礼をいうと、湯気の立つマグカップを、小さな両手でしっかりと包み込みながら、一口コクリと飲んだ。柔らかな甘味が喉の奥を滑ってゆく。熱すぎもしないココアは銀次の舌に丁度良く、ほっと心を和ませる。
「すいません。サングラス……、われちゃいました、ね」
「うん……」
銀次が静かにうなづくと、青年は心底申し訳なさそうに、深々と頭を下げた。その姿に銀次も慌てて己の頭を下ろすが、ただでさえ幼児のおつむは重くてバランスが悪い。どっかの誰かさんではないが、『ごっつん!!』とそれは派手な音をテーブルの上に響かせた。
「ぎ、銀次さ……ん。だ、大丈夫ですか……?」
あまりの痛みにしばらくすべての動きが止まる。おろおろし始める青年を気づかうように、ふん! と顔をあげれば、鼻水と涙でぐちゃぐちゃのまま痛みをこらえて無理矢理笑っている。
「お、おでこ、瘤になってませんか? すごい音でしたし」
「ら、らいじょーぶ…。ふえっ……、うぐぐっ……、それより、かづっちゃんがわるいわけじゃないから、そんなかおしないで……」
「でも、美堂くんのサングラスを踏んでしまったのは僕ですから、いくらわざとではないとしても、もっと注意をするべきでした……」
青年の謝罪に銀次は力なく首を振る。
確かに蛮のサングラスを踏み割ったのは青年…花月だが、踏み割ったサングラスの上に電撃をほとばしらせながら頭からダイブ(すっころんだともいう)して修復不可能なほど粉みじんに破壊したのは、何を隠さずとも……銀次その人しかありえない。
そう、とどめを刺したのは………。
─── 蛮ちゃん。ごめんなさいなのです。蛮ちゃんの大切なサングラス粉みじんにしてしまったのです………。 ───
ほんのりあったかなココアをすすっては、深い深いため息を吐き出した。銀次の胸中は、今まさに蛮の邪眼が発動しているかも? しれない。
青ざめた顔は殴り飛ばされたのか、噛まれた後のものなのか、(悪夢はみれているらしい?)自責の念にかられ、今もまだ目覚める機会のない十兵衛のこともある花月の落ち込みきった顔とも合わせて、二人の頭上は日陰のままらしい。
そんな中。
「あいつ、だいじょうぶか……」
ぽつりと吐かれた士度の言葉が、思う以上に大きく響き、重い空気につかっていた二人の暗い顔が士度へと向けられた。
熱を出し派手に店の床に倒れこんだ、蛮の小さな体を抱いて店主が二階へと運んでいったまま、降りてくるそぶりはみせない。
士度に言われて始めて気づいたらしい二人の顔に、せめて(銀次よ、お前くらいは心配してやれよ……)と、サングラスより軽いのか? 相棒の存在に疑問視さえ思わずにいられない士度の呆れ返ったため息が、長々と吐き出された。
「あっ……、ばんちゃん。だいじょうぶだよね? ぽーるさんうえいってからずいぶんたつけど……」(いまさらな心配だ)
「確かに、時間経ってますね。今回のことに何か関係でもあるのでしょうか……。銀次さんの方は、本当になんともないんですか?」
「ないよ……。しどもへいき?」
「………。ああ、ダイジョウブだ……」
「と、いうことは小さくなったことが原因というわけでも、ないのですかね。あっ、でも非常識な人達ばかりだから、それが当てはまるともかぎらないじゃないですか!? ああ〜! そ、そんなこと言ったら僕の十兵衛なんか、普通の人だもの………。じゅ、十兵衛!!!」
この男…。なにげに失礼全開のことをほざいていやがります。
ムンクの叫びそのままのポーズで、うろうろと狼狽えては、『十兵衛、十兵衛』と世にその名や言葉しか知らないように叫び、(本当に)大切!? な友人!??? を揺さぶり(振り回し)続ける。この世で目覚めるより早くあの世で目が覚めるんじゃないかと、士度は心のほんのすみっこで考えないでもなかったが、『普通の人間』だとどこをどう取ればそのアホらしい理屈が吐き出されるのか、じっくり聞きたいとか、訂正してやろうかという気持ちまでにはいたらなかった。
まあ、振り回されている相手は、自分の非常識を棚上げできるくらいの男を幼馴染みにしていられるのだから、短くはない人生鍛えられてきたのだろうから、心配はないだろう。
一方、銀次はようやっと心配になってきた相棒の様子に意識を取られて、花月の失言などどこ吹く風である。いや…、普段からこのリーダおつむあったかいんではなかろうかとも、たいがいおめぇーも失礼な奴だ的なことを士度は思っているだけに、銀次ならば(きっと!)端ッから気づいてもいないかもしれない。(そりゃあ、お前バカっつーことか!)
幼児化の影響でも出始めているのか、泣きじゃくりながら、小さな身丈がうろうろと、階上を見上げてはいったりきたりと、訴え続ける言葉は、これまた『ばんちゃん、ばんちゃん』の一辺倒だ。そんなに心配ならば、いっそ様子を伺ってこいとも………。
『ばんちゃ〜ん』『十兵衛〜!!』重なり合うハーモニーはただ、ただもう煩いだけで。
だからこそ、士度は見ていた。聞いていた。
ただ、ひたすらに。ひたすらに。
世にこれ程面白いものがあるだろうか。下手をしたら、自分の良く知るお笑い好きの男より、数段呆れ返るバカバカしさかもしれない。
柔らかそうなリネンのハンカチを飾るレースの縁飾り。華美な姿に不釣り合いなガラクタを抱きこんでもハンカチは静かに佇んでいる。彼(彼女)が口を聞けたら、言ったかもしれない。いや、きっと言っただろう。
『おめーらどっちもうぜぇ!!』(By…、士度心の叫び)
現在推定年齢6才は、ああ〜、もうと、何度めか……のため息を吐く。
コメント;今回はよしの担当です。変なとこでぶっちぎってしまいましたが、こ、こんなんでも楽しんでいただけましたでしょうか? 今回ちらりとも出てこなかった蛮ちゃん復活する予定です。相も変らず色っぽい話にはなりませんが、生意気度はちゃくちゃくと蓄積されていきます。次回もよしの担当です。(おそまつ)
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