Fresh Kids ! 5
がららん、とかなりな音量でドアベルが鳴った。入ってきたのは30代半ばとおぼしき男性で走ってきたのか汗だくだ。 ドアに体当たりでもしたんじゃないかという勢いで店に飛び込んできた。 今、ホンキートンクは準備中の札が出てるのだが、それにかまわず入ってくるこの男性は間違いなく今回の依頼人だろうと、蛮は思った。 「お、おまたせ、しま、した。え、と、仲介屋さん」 彼は息切れしながらそう言ったのだから間違いないようだ。 「走ってこられたんですか?」 「ええ、会社を営業の外回りで抜けてきてるんで、時間があまり取れなくって」 汗をハンカチで拭きつつ申し訳なさそうに言った。 「とりあえず、こちらへ……」 ヘヴンが男を奥のボックス席へと案内していった。 カウンターに座ったままの一同は目線で追いかけていた。 「なんか、うらのしごとをたのむようなやからにみえねぇんだけど…」 ぼそっと蛮が囁いた。 「うん。ふつーの、どこでもいそうなひとだよねぇ」 銀次も蛮の言葉に頷くように返す。 「でも、なにかトリカエシたいものがあるんだろ」 と、士度。 「と、とにかく、話を聞きに行きましょう? ね?」 気分は保母さんな花月だった。 ちび達がスツールから床に降りるのに花月は手を貸してやる。もっとも蛮などは手を貸さずとも自分から飛び降りていた。先程落ちてこぶをこさえたと言うのに懲りる事は無いようだった。 士度の乗ってきたライオンは今は奥の波児の部屋で寝ている。あんなのが店の床に寝ていたらたいていの人間は気絶しかねない。 「さてと、揃ったわね?」 ヘヴンが言う。その言葉通りに依頼人の前の席には、蛮、銀次、花月が座っている。士度はその横に椅子を一つ増やして座った。ちなみに十兵衛は別のボックス席の椅子に寝かされていてこの席には居ない。ヘヴンは、依頼人の左横に座った。彼女をかわさないと依頼人は席を立てない。これは依頼人を簡単に逃がさない為の、ヘヴンの苦肉の策だったりする。 「とりあえず、はなしてもらおうか? なにをとりかえしたいんだ?」 口火をきったのはやはり蛮で、ヘヴンは内心はらはらしていた。蛮がいつもの調子でしゃべればしゃべるほど、幼児らしからぬ頭脳が浮き彫りになる。舌ったらずなそれが、違和感満載なのは言うまでも無い。 しかし、動転してるのは依頼人も同じらしく、幼児が相手だと言うのに気にした様子は全く無い。というか、気にしてられるほどの余裕が無いと言うべきか。 「はい、あの、奪り還してもらうものって人間でもいいんですか?」 「それが、とられたってたしかなものならな」 斜に構えた蛮がつまらなそうに答えた。 人間を奪り還すのは言うほど単純じゃないからだ。恋愛がらみでフラれたことを認識できず、別の人物に奪られたと言ってくる。そんなこと知るか、というのが毎度の蛮の感想だった。 「奪われたのかどうかちょっと怪しい気もするんですが、奪り還して貰いたいのは僕の妻なんです」 依頼人は佐々倉と名乗り、状況を語りだした。 「数日前のことなんですが、その日、妻と僕は何だか眠くって早くに休むことにしたんです。それで、次の朝起きるともうすでに妻の姿が見えず、15歳くらいの少女がなにやら部屋の中を引っ掻き回していました。僕が『誰だ!』と、叫ぶと慌てて家の外に逃げていったんですが、そのときにこれを落として行ったんです」 そう言って佐々倉はテーブルに指輪を置いた。 「妻の結婚指輪です。ちょっと太って抜けなくなった、なんて言っていたので自分で抜いたとは思えないんです。だから、部屋の中を荒らしていた少女の仲間なんかが、妻を攫って行ったのではと。警察にも行ったのですが、ここ数日の行方不明者が多いとかで事件としては見てもらえなかったんです」 だからここにきたのだ、と佐々倉は締めくくった。 「ふうん。じょうきょうからじゃなんともいえねぇよな。それだけじゃうけらんねぇよ。おれらはだっかんやであってひとさがしやじゃねぇんだからな」 「じゃ、調べてもらうというのは? 駄目ですか?」 佐々倉も引き下がらない。しかし、この男も周りの目なんてどうでもいいのだろうか? 幼児との会話に真剣に話している。しかも、駆け引きつきでだ。 「うーん。そんなのはたんていにでもたのめばいいんじゃねぇ?」 「でも、誘拐だとしたら探偵じゃ助けてはもらえません。僕は妻を奪り還したいんです。この手に帰ってきて欲しいんです。それじゃ駄目なんですか?」 身を乗り出し、幼児に真剣に語る大人。端から見ればひどく滑稽だ。 「んー、じゃ、しらべてとりかえすひつようがでたら、つーことでいいか? もちろん、それまでにかかったけいひてすうりょうはもらうが、ほんにんのいしででていったんなら、そうほうこくだけでだっかんしねぇ。それでいいつーならこのしごと、うけてやるよ」 蛮が折れたように提案する。もっとも横から銀次のじとーっとした視線がちくちくと蛮にささってはいたのだ。その様子を花月は困ったような顔をして見守っていた。 「いいです。それで構いません。お願いします」 佐々倉は頻りと頭を下げて礼を言う。そうして、前金と経費だとして50万を置いて帰っていった。 「ありがと、蛮くん。で、宛があるの?」 「んー。なんかよ、はなしがおれたちのとにてねぇ? だから、ひょっとしたらっておもってさ」 ヘヴンにもピンと来るものがあったらしい。 「つまり、逃げた少女が奥さん?」 「かのうせいはあるんじゃねぇか?」 「確かに、そうですね。じゃ、まず、その少女から探しましょうか」 手をつける方法が決まればあとは情報を集める事だ。今の銀次、蛮、士度にはそれは無理な仕事になる。 「その辺りの情報は私のほうであたってみるわ。それくらいしか手伝えないから、それ以上だと、料金請求するわよ?」 言外にそこまではただだと告げている。 「さんきゅー、たすかるぜ」 素直に礼を言う蛮なんて、この先いつ見られるか、なんて思ってしまう。 「じゃ、大人しく待っててね」 そう告げてヘヴンは足早に店を出て行った。情報を集めに行ったのだろう。 「おとなしくってもねぇ、それしかまだできることないもんねぇ?」 ぼそっと銀次が言う。まあまあ、と花月が宥めるように言い銀次を抱き上げてカウンターのスツールへと座らせた。その横では蛮と士度がスツールによじ登っていた。士度はともかくとしても3歳児程度の蛮の行動力に、花月は感心してしまった。 (負けず嫌いなのは元からの性格だとしても……。よくもまぁ) 花月の考えてる事など露も知らない蛮はなんとかスツールに収まりカウンターに懐くような体勢でじっと波児を見ている。 「何だ?」 視線に気付いた波児が苦笑しながらそう言うのを待っていたかのようだった。 「ぽーるぅ、なんかのむもんくれぇ……。なんか…あちぃ…」 「水かミルクだぞ」 「みずでいい…」 そう言ってぐてっとカウンターに突っ伏した。 「お、おい。蛮、どうした?」 慌てた波児が声を掛けた丁度その時、ずるり、と蛮の小さな身体がカウンターから滑った。 「うわ、あぶな…」 花月が手を伸ばしたが間に合わず、ごち、っと鈍い音と共に蛮は床に激突していた。 「ばんちゃん!」 「お、おいヘビ。ぶじか?」 二人の声を背に花月が蛮を抱き起こすと、彼の意識は全く無いようで紅い顔で荒い息を吐いている。おでこにはこぶがしっかりと2つ並んで出来ていた。 「美堂くん、熱が出てるようです」 花月がそう波児に告げると、彼はカウンターの中から飛び出してきた。 「おい、蛮? しっかりしろ」 蛮を波児に預けた花月は銀次を見やり、 「銀次さんはなんともないですか? 士度も?」 心配そうにそう声をかけ、足を踏み出した。 その足下でぱきりと妙に軽い音がした。 「あー、ばんちゃんのめがね……」 「えっ、あ…」 花月の足の下には割れた蛮のサングラスのレンズが見えていたのだった。
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