名前を呼んで 12

「ぴっ‥‥ぴっ‥ぴぃっ?」

銀次の上着の内側で守られていた蛮は、彼が気を失ったことに気が付くともぞもぞと這い出してきた。

ぺちぺちと頬を叩いて呼びかけて見るが、倒れている銀次が気が付く様子は全く無かった。

「ぴぴぃ‥‥」

「こっちの方から声がした!」

「崖があるぞ!」

「下に落ちたのか?」

「下は暗くてこのままじゃ見えないな。オイ、誰か明かりを持って来い!」

追っ手らしい声は崖の上から聞こえる。空を背景にシルエット状の人らしき影が動くのが蛮の目には見えた。

(このままじゃ、見つかっちまう‥)

蛮はあたりを見回した。

と、今居る位置から横に1mほどずれたところに岩のくぼみがあるのを見つけた。銀次一人くらいなら入れそうだ。

ここで追っ手をやり過ごせるとは思わないが、銀次が気が付くまでの時間稼ぎくらいなら出来るだろう。

蛮は背の小さな羽根を目一杯羽ばたかせて、銀次の足を引っ張った。

如何に蛮がアスクレピオスの守護を受け、その力を行使できるとしても、魂に姿を与えただけの今の状態では銀次を運ぶのは容易なことでは無い。

大きさだけでも10倍以上なのだから。

それでも、その力を最大限に活用して、全力を振り絞り、たったの1mの距離を移動させた。

穴のなかに銀次を押し込む頃には蛮は疲れきってしまっていた。

「明かりを持ってきたぞ!」

「どうだ?」

「下に落ちたような跡はあるが、姿は無い。移動して逃げた可能性もある」

「ならば、上下二手に別れ降りれそうな場所を探し、戻ってくるのはどうだ?」

「おお、それなら隠れてても見つけられるな。移動してたとしても崖下を気をつけて見ていけば発見する可能性もあるし」

「よし、其れで行こう。お前達は向こうへ! 俺たちはこっちへ向かう。気をつけろよ」

「了解した」

声と気配が二手に分かれてゆく。それを確認した蛮は取り敢えず見つからなかったことに安堵のため息を吐いた。

「ぴぴっ‥‥、ぴっ、ぴっぴぴぃっ、ぴぅ‥」

それでもこのままここに居れば同じ事だ。少しでも早く移動しなければならない。

蛮は必死に銀次を起こそうと、揺さぶり、頬を叩き、鼻を摘んだりした。

けれど、銀次の目が覚める気配は全く無かった。

「ぴっ‥ぴぃぃっ!!!」

だんだんと腹が立ってきた蛮は、目に溜まった涙をぐいっと拭うと、銀次の鼻先に思いっきり噛み付いたのだった。





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