名前を呼んで 16

「ん‥‥?」

翌朝、目を覚ましたオレは、ベッドに突っ伏した格好で眠ってしまっていた事を知った。

毛布なんて被っていた覚えは無いから、風邪を引かないようにとマリーアさんが掛けてくれたんだろう。

蛮ちゃんに目をやれば思った以上に目の前に顔があってドキリと鼓動が跳ねる。

「ん‥‥、ぎ‥‥じ‥‥」

また、寝言だ。でも、そんなに一杯呼んでてくれたって事実に顔がにやけちゃうよぉ。

恐らく崩れたしまりの無い顔で蛮ちゃんをじっと見てたら、長い睫がふるりと揺れた。ゆっくりとまぶたが持ち上がってゆく。

「蛮、ちゃん?」

「う、ん‥、ぎ、‥ん‥、じ?」

「うん。此処にいるよ。おはよ、蛮ちゃん」

笑顔でそう言えば、蛮ちゃんもぎこちなく笑顔を浮かべてくれた。

「‥は、‥よ」



詳しいことは知らないけれど、マリーアさんに目覚めた蛮ちゃんは暫くは何をするのもぎこちなくなるだろうと、聞かされていたから、途切れ途切れの言葉や、ぎこちない表情なんて気にもしなかった。

魂が身体に馴染んだだけじゃ身体を動かすことは容易に出来ることじゃないんだって。

漸く蛮ちゃんの声が聞けた事のほうが嬉しくて、顔がさらににやけた。そんなオレの顔を見て蛮ちゃんは呆れたような表情を浮かべている。

「ね、ずっと、呼んでてくれたんだ」

「え? ‥‥、な‥に?」

「オレの‥、名前」

「‥‥‥‥」

蛮ちゃんの無言は肯定と同じ。

「ね、もっと呼んで?」

「ぎ、‥っん‥‥じ‥?」

「蛮ちゃんが‥、無事に戻って、良かった‥」

「ん、サン‥キュ‥」

「マリーアさんにも知らせなくっちゃ‥」

オレは立ち上がって、恐らくキッチンに居るだろうマリーアさんを呼びに行ったのだった。







「はら、‥減った‥‥、こん、な‥もん‥じゃ‥たんね‥ぇって。から、だ、っだる‥い。‥‥動、く‥の、重、い‥」

「まぁ、文句は多いわねぇ。はい、あーん」

マリーアさんが作ったおかゆ(というより、殆ど水みたいなものに見えたけど)を食べさせてもらいながらも、蛮ちゃんはずっと文句や愚痴をしゃべっていた。

本当はおかゆも自力で食べようとしたんだけど、うまくスプーンが持てないし、持てても重くて口元まで持ち上げることが出来なかったんだ。

スプーンが重いって言うより、腕自体が重いみたいなんだけどね。

「魂が完全に馴染めば、徐々に動かせるようになるわよ。尤も口だけなら直ぐ元通りになりそうね。それだけ文句を言ってれば‥」

くすくす笑うマリーアさんに蛮ちゃんは拗ねた顔をして見せていた。





「なんか、すっごく小さな子供みたい。今の蛮ちゃんは。今のままも可愛いけど、魂だけの蛮ちゃんも可愛かったよ」

「忘れろ! アイツの行動は俺様じゃ、ねぇ!」

「嫌です〜。アレだって蛮ちゃんだもんっ。普段は俺様なのに、本当はすっごい甘えん坊!」

「銀次のくせに、なま、い、きっ。‥はぁ、はぁ、くっそ‥重ぇ‥」

その日の夕方にはすっかり普通にしゃべれるようになった蛮ちゃんは、ただ今歩く練習中。

言い合いになってオレが走ったから、追いかけようとして直ぐに息が上がってしまっている。

「はいはい、無理しない無理しない。はい、あんよは上手!」

「マリーア!!!」

オレもマリーアさんもここ一ヶ月近くのストレスを発散するかの様に蛮ちゃんをからかい、その反応を見ては笑っていた。

からかうと蛮ちゃんは剥きになって動くから、本当に直ぐに元通り動けるようになるだろう。





こうして、今まで通りの日常が奪還できたのだった。



End




おまけ



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