それは8月に入ったばかりの頃だ。 公園内をすいすいと自転車で走る銀次の奴が居る。 4月のアイツの誕生日に波児がくれたものが、今、乗って走り回っている銀色の自転車だ。 リサイクル品ではあったが、元もとの品は結構値の張るものだ。 最初は磨かれていて、ぴかぴかな綺麗な銀色をしていたのだ。けれど、8月に入った今は、傷や砂、埃や泥などで汚れて、少々斑模様になっている。 それは、銀次の奴が自転車に乗れなくて、練習した際に付いたものだから、奴的には名誉の勲章なのかもしれない。少なくとも、俺はそう思う。 「蛮ちゃーん。見てみて〜。上手になったでしょう!」 銀次が自転車で走りながら、俺に声をかけてきた。 くるくると俺の周りを大きな円を描いて回っている。 「おー、うまいうまい。すっかり乗れるようになったじゃねぇか」 笑顔つきでそう言ってやれば、銀次は全開の笑顔を返してきた。 キイイッときしむブレーキの音をたてて、銀次は俺の近くで自転車を止めた。 ムムッ‥‥‥。何か嫌な予感がする。 「ねぇ、蛮ちゃんも乗って見せてよ」 銀次お得意のお強請りだ。やっぱりかよ。予想通りだ。 俺はこの『おやつちょーだい』状態の銀次に、実の所非常に弱かったりする。拒否すると、涙をうるうると浮かべて見せて、こっちの罪悪感を最大限に引き出させるのだ。 だから、ついついお強請りを聞いてやりたくなってしまう。 が‥‥‥ 如何せん、こればっかりは折れてやれない。 何せ‥‥‥。実の所‥‥‥。 この俺様、美堂蛮様とあろうものが、実は自転車に、一度も、乗ったことが無いのだ。 「いや、今日は止めとく。そろそろ時間だろ? 嬢ちゃん達を店の方に戻らせないと、な」 「え〜、いいじゃん。乗って見せてよ〜」 「また今度な」 銀次を軽くあしらいつつ、さりげなくその場を離れようとした。 「ケチーっ。イーじゃん、ちょっと位!」 「おまっ、なんつー大声で‥‥」 そう、銀次の奴は声がでかい。叫びが俺の耳に突き刺さったくらいだから、当然、公園内に居る他の人達にも聞えているわけで‥‥‥ ギャラリーの視線が痛い。 「ひょっとして、蛮ちゃん、乗れない?」 「う‥‥。チッ、乗ってやる! 貸せ」 ついつい売り言葉に買い言葉の勢いで、銀次の奴から自転車を引っ手繰ってしまった。 一応、銀次の練習には付き合っていた。 だから、どうすればいいか、という知識はある。そう、原理やらの数式だって分かる。 (な、何とか、なるさ。俺様の運動神経を持ってすれば‥‥) 自転車にまたがり、サドルに尻を降ろした。 多少、ギクシャクした動きにはなるが、なんせ初めて乗るんだからしょうがねぇ。 見ている奴らにバレなきゃいいんだが。 (えーと、ペダルに足を乗せて、っと) (確か、こうだったよな) 俺は地面についていた側の足で、思いっきり蹴った。 軽快に動き出した自転車に合わせ、ペダルを踏み込む。途端に前輪が横に滑るようにぶれた。 チッ、バランスが取り辛い。 そっちに集中したままペダルを更に踏み込んだ。それに引き摺られたように自転車がそちら側に傾いてしまう。急な傾斜にタイヤが耐え切れず、ズルリと横に滑った。 「うわっ!」 気付けば俺は見事に転倒したらしい。。 「痛ってぇ‥‥」 「ば、蛮ちゃん。大丈夫?」 「怪我してませんか?」 「頭、うちました?」 心配げな顔をした銀次、夏実、レナに覗き込まれていた。 「いたた、くっそぉ!」 「蛮ちゃん、乗れないなら乗れないって‥、言ってくれれば‥‥」 「乗れるかどうかなんて、知らねぇよ。今初めて乗ったんだ」 「ええっ!?」 3人とも驚いてやがる。チッ、人の事、なんだと思ってやがるんだか。 「乗ったことあるんだと、思ってた」 「あるわけねぇーだろ。大体、お前と大差ない生活してたんだ。練習する機会なんざ、あるかよ」 そう、生きる為だけに、行動してきた。生きることが最優先。他の事なんて全部切り捨ててきた。 「そっか。じゃ、この自転車、蛮ちゃんに貸したげる。乗れるように練習しよ?」 「は? いいよ。乗れなくったって困らねぇし」 っていうか今更、自転車なんざ乗れなくたってかまわねぇ。どうせ、乗る機会なんてねぇだろうし。 「でも、銀ちゃんは乗れるようになりましたよ?」 「はい。いっぱい練習してました。蛮さんは、ひょっとして、銀ちゃんより時間掛かりますか?」 レナにそう言われ、カチンときた。 「この俺様が本気で練習すりゃあ、すぐに乗れるぜ!」 わ〜〜っと、歓声と拍手が‥‥‥ しっ、しまったぁ‥‥、のせられてしまった。 しかし、今更前言撤回など俺様らしくねぇ。 ぜってぇ、銀次より短期間で乗れるようになってやる。 俺はそう、心に誓ったのだった。 コメント; ハイ、まだ、終わりません。(汗) まだまだ続きます。どこまで続くのやら。ラストのシーンは決めてあるのですが、そ こまでの間が‥‥‥。(逃走) |