───公園で士度の知ってる人が何かしてる─── そんな報告をほぼ、毎日のように受け取っていた。 だから、何処に居るか、という事は知ってはいた。 そう、知っていただけで、実際何をしているのかという事までは士度は知らなかったのだ。 動物達の語彙にそんな言葉がはなっからあるわけじゃないし。 だから、いい加減長期間にわたっての報告に、流石に気になって公園に来てみた士度は、固まってしまっていた。 今、士度の目の前で繰り広げられている光景の現実離れした出来事に、だ。 平日の昼の公園は、子供達の遊ぶにぎやかな声が溢れている。その中に、随分と異質な声が混ざっていた。 「うわっ! 手ェ放すなって!」 「放さないと、俺が危ないじゃん」 「放すから、転ぶんだろ!」 「だからぁ‥‥」 仮令そこがどんな場所であったとしても、彼等のにぎやかしさは変らないものらしい。 「蛮さん、ちゃんとバランスとらないと、危ないですよ」 「‥‥、やってるつもりなんだが‥‥」 「それじゃ、もう一回いくよ!」 「うわっ! 急に押すなあ!」 ガシャン、という音と共に悲鳴に似た叫びが上がった。 「いってぇ‥‥っっ!」 「大丈夫? ごめんね?」 「テメェ‥‥銀次のくせに! 自分は乗れると思って、このぉ!」 転んだまま座り込んでいた蛮は立ち上がるとそう叫んで銀次の襟を引っつかんだ。捕まれた方の銀次は至って涼しい顔で、余計に蛮の怒りをあおる。 「だから、練習するんでしょ? ね? がんばろうよ」 へら〜っとしまりのない笑顔で言われ、蛮は気をそがれた様に勢いをなくし項垂れてしまった。 公園の入り口で固まったままであった士度は蛮の言う事を聞いて、尚の事愕然としてしまった。 (銀次は、自転車に乗れるのか!?) 蛮が乗れないのは、今目の前で見せられたのだから理解る。 が、銀次が乗れるというのは、士度には初耳である。なんせ、今までに一度として銀次が自転車に乗っているところなど、見た事は無いのだから。 俄かには信じがたい。が、彼の相棒は自分が不利になるような嘘をそうそう吐くような奴では無い。 立ち尽くす士度に気付かずに、蛮は倒れた自転車を引き起こした。乱暴に引き起こしたくせに、埃を払う手付きはイヤに丁寧だった。 「よっと‥‥」 掛け声をかけてまたがり、サドルに尻を降ろした。 「ちゃんと持ってろよ!」 「大丈夫だって。信用してよ〜。いくよ〜」 荷台辺りを支えながら、銀次は自転車を押して、走り出す。 それに押されるように、危ういバランスをとりながら蛮はふらふらとしながらも、何とか自転車に乗れていた。段々とスピードがついて、バランスが安定しやすくなったところで、銀次はそっと手を放した。 自転車はそのまま走って行く。銀次も自転車に付いて走っていた。 「どう? 蛮ちゃん」 「お、おう。な、何とか‥‥、手ェ放すなよ!」 「うん。まだ持ってるよ」 そんな会話が交わされる。勿論、銀次の言葉は嘘である。とうに彼は手を放しているのだから。 「ちゃんと、持ってるのかよ?」 「大丈夫だって。そろそろ放そうか?」 「や、ま、待てっ。待てって‥‥」 いつもなら銀次の吐く嘘なんて簡単に見破るのに、別の事に必死の蛮は、銀次の嘘に全く気付けないでいる。そんな二人の遣り取りを夏実とレナはくすくす笑いながら見守っていた。 「蛮ちゃん! ストップ。それ以上は真っ直ぐ行けないよ」 「あ、っと。ま、曲がるぞ」 蛮は自転車をカーブさせる為にハンドルをきる。が、その動きが急だった為にバランスを崩し、あっという間に転倒してしまったのだった。 「ば、蛮ちゃん! 大丈夫?」 銀次が蛮を助け起こすと、蛮の方は、まじまじと銀次を見た。 「お前は大丈夫か? 巻き込んでねぇか?」 どうも蛮は、銀次がいままでずっと自転車を支えていたと思っているようで、転倒に巻き込んでいないかを心配しているらしかった。 「うん。大丈夫。だって、蛮ちゃんずっと一人で乗ってたんだよ?」 「そっか、‥‥‥って、え?」 「ごめんね〜。走り出して殆どすぐに手を放してたんだよね」 銀次は拝むように両手を合わせ、素直に謝る。 「えっ‥‥、って事は‥‥」 「そ、あそこから、ここまで蛮ちゃん一人で乗ってたわけ。俺はくっ付いて走ってただけなんだよね」 「マジか?」 「うん」 その頃になって漸く、走ってきた夏実とレナが辿り着いた。 「蛮さん、大丈夫ですか?」 「すごいです。ちゃんと一人で走ってました。銀ちゃんより早いです」 「マジ?」 疑うような色をのせた声で聞いてくる。そんな蛮に銀次は苦笑を浮かべるしかない。 「疑り深いなぁ‥‥」 「本当ですよ」 「すごいです。言ったとおりですね!さすが、蛮さんです!」 かわるがわる本当だと念を押されて、疑っていた蛮も漸く信じる気になったらしい。 「おう! 流石俺様だよな。後は曲がれりゃあ、完璧って訳だ!」 にっと笑うと今までとは打って変わった強気な発言になった。表情もいつものようなふてぶてしさが伺えるものになる。 「そうだよなぁ。銀次みてぇに時間掛かるわけがねぇんだよな。この美堂蛮様に限ってよぉ」 乗れる、となると現金なものだ。 「よし、今日中にはきっと乗れる!」(←でも、ちょっと弱気) 「うん。頑張ろうね! 蛮ちゃん」 蛮は自転車を起こすと、丁寧に埃を払いおとす。 「そろそろ、私たちはお店に戻りますね。後は銀ちゃんがいれば大丈夫でしょう?」 「すぐ乗れますよね。そのうち皆でサイクリングに行きましょう」 レナが楽しそうに進言する。 「あ〜、いいねぇ。お弁当持ってさ。行こうよ!」 「ああ、折角練習してんだから、それぐらいしなけりゃ、意味ねぇし」 楽しそうな銀次に、蛮も満更では無いらしい返事。 「怪我しないように気を付けてくださいね」 「お店で待ってますね」 少女二人は手を取り合って、楽しそうにはしゃぎながら小走りに公園を後にした。 士度は、唯呆然と、楽しそうな少女達を横目に見送り、視線を公園に残った二人に戻せば、銀次が士度に気付いたところのようだった。 大きく手を振って呼びかけながら、こちらに走り寄ってくる。 その後ろから、自転車を押した蛮が嫌そうな顔を隠しもせずについてきていたのだった。 コメント;予想外になさけない蛮ちゃんです。う〜〜ん。いや、蛮ちゃんが何故にうまく乗れないのかちゃんと屁理屈(笑)は捏ねてあるんですが、あえてここでは出てない。あくまでも軽いギャグなので。こっちの方が楽しいかなぁと思いまして。この話、どんどん暴走していきます。メモ見ながら書いてるんですが、いいのか〜これ。って思うことも書いてあったりして。そのうち『裏』なんていうのは‥‥勘弁してください。 |