[PR] 別れさせ屋

銀色の自転車 10


懐かしい夢を見た。

すっかり忘れていたが、どうも今日の店での会話がきっかけとなり忘れていたつもりになって、奥底に押し込んでいた記憶が表面へと浮かび上がってきたのだろう。

(ああ、懐かしいなぁ…)

と、頭のどこかでぼんやりと考えたまま、波児の意識はその刻へと逆戻りしていた。




「なに! 自転車も乗れないのか!」

「悪かったな! 自動車もバイクも乗れない上に自転車も乗れなくてよ!」

ふうと溜息をついて手を広げる相棒にムカッときたままそう叫び返していた波児である。我ながらガキっぽい、とは思うのだが、生来の性格は割りと短気で喧嘩っ早い。それは、おいそれとは変わらないだろう。

「悪い、とは言わんが、乗れたほうがこの街じゃ、楽だろう? 教えてやるから」

「……ちっ…わあったよ。ドクターなら持ってるだろうから、借りてくるよ」

相棒のガラス玉のような青い瞳に浮ぶ柔らかな光に妙に照れくさくなってしまって背を向けてしまった。そのくせ、そのままなのも居心地が悪くてついついそう返していた。

相棒と組んで『奪還屋』なる裏仕事を始めて、まだ一ヶ月とちょっと。

当然の事、大した仕事の依頼はない。

大口の依頼者は、腕前や得体が分からない新米の奪還屋にはまだまだ警戒中なのだろう。

その所為もあって、今の時期に暇を持て余しているのだ。尤も、そうじゃなければいきなり自転車に乗れる、乗れないなんて会話になんてなりはしなかっただろう。

なんでそんな会話になったのか、話の流れは忘れてしまったが兎に角、いつの間にか俺は相棒に自転車の乗り方を教授される事になったのだった。


次の日にドクターに頼み込んで自転車を借りた俺は、廃墟となったビルの脇の小道で練習を始めたのだった。

「へたくそ! もっとちゃんとバランスをとれ!」

「簡単に言うな! やろうとはしてるんだ! 結果より努力を評価しろよ!」

「して欲しけりゃ、それなりの結果を出せ」

この時ほど、相棒の整ったすまし顔を殴りたいと思えたときはない。

殴り倒したい、というのなら初めてやりあったとき以下、何度も思った事だ。けれど、顔を狙って殴りたいと思ったのはこの時がはじめてだったろう。

俺は自分の頭の中でだけ、奴のすました童顔に拳を2、3発お見舞いしていた。

本当に行動に出れば、2、3発殴る間に倍くらい殴られる覚悟をしなければならないのだ。

コイツってば、顔だけ見てれば大人しそうなお坊ちゃまなくせに負けず嫌いで、やられた事は倍返し、が当たり前という性格だ。ま、負けず嫌いなのは俺もなので、その点はいいライバルかもしれない。

そんな話はさておき、俺は再びふらふらと自転車を漕ぎ出した。

やはりバランスが上手くとれず、狭い道の中を蛇行して進んでいく。転ばないだけマシかもな。

と、思ったところで思いっきりスライディングで転んでしまった。

ずざざっとすべり、肘を思いっきりアスファルトで擦ってしまった。

「イってぇーッ!!」

「お、おい、大丈夫か? 波児」

一応、心配はしてくれるんだな。冷たい奴だと思っていたが、そうでもないんだな。

「あ〜、派手に擦ったな? 何処かで傷を洗おう。ほっておくと化膿するぞ、これは」

俺の傷を簡単に見てそう言うと、腕をつかむとひょいっと吊り上げた。

見かけのガタイ以上の『力』の持ち主なんだと改めて思う。

「お、おい、自分で歩ける! 足は怪我してねぇんだから」

そのまま猫の子よろしくつかまれて連れて行かれそうな気配を感じて俺は慌てて相棒の手を払った。

自転車を引き起こし、押して相棒の後ろをとぼとぼ歩く。

「波児‥‥」

「ん? なんだ?」

「お前、足に力を入れすぎだ。もっと軽く蹴るくらいの力でいい。それにもっと思い切ってスピードを乗せた方が左右のふらつきが少なくなる。はじめはそれ自体が難しいだろうが、それなりにスピードを乗せた方がバランスが安定しやすい乗り物なんだ‥」

俺に背を向けたまま、そんなアドバイスをボソボソと口にする。

コイツって‥‥、ひょっとしてものすごい照れ屋なんじゃないか? あの冷たい態度は照れ隠しかよ。

相棒の本当の姿を始めて見た気がした。



相棒のスパルタな特訓のお陰か、はたまた俺の運動神経の良さのお陰か、一週間も経った頃にはすっかり乗れるようになっていた。

その間に2度ほど派手に転び、彼方此方に絆創膏が貼られていたりしたが。

その頃から、俺たちの腕を買われた仕事の依頼が少しずつ増えてきた。

裏新宿のストリートキッズの中でそれなりに名前が売れていた俺と張り合った実力者だと、相棒の名も売れてきたお陰か、仲介屋や情報屋にも俺たちのコンビ名がしっかりと浸透してきた結果だろう。

そうなれば、仕事はドンドン増え、軌道に乗るのは直ぐだった。

だからその忙しさに、自転車の思い出は記憶の奥にしまわれてしまっていたのだろう。

それに、そのあと直ぐに自動車の免許を取った事だし、尚の事だろう。

(尤も、運転はもっぱら相棒で、俺には一切させてくれなかったな。アイツってば以外に車マニアだったっけ‥‥)

仕事も順調で、依頼は100%成功。

奪還屋『Get Backers』の名は裏新宿で知らぬ者が無いほどになっていったのだった。






姦しい小鳥の声に目覚めを促されながら、波児はベッドで寝返りをうった。

カーテンの隙間から漏れる日差しは天気の良い事を知らせてくれる。

昨日の雨はすっかりと上がったようだった。

「随分、懐かしい夢を見たな‥」

ボソリと呟いて身体を起こす。見た先においてある目覚まし時計が「ぴっぴっぴっ」と軽快なベルを鳴らし時間を知らせてくれた。


今度のサイクリングの日までの間に、自転車のおさらいでもしとこうか。

相棒に教えてもらった後は、2、3度くらいしか乗る機会が無かった。そのまま、今に至っている。

一度、ちゃんと乗れた記憶はあるのだから、乗れはするだろう。が、長年ほって置いた自転車自体は新品のように乗りやすいとは言えないだろう。

(ま、当日までまだ2週間はあるしな。天気が良いと、いいな)

その間に色々と準備も要るだろう。

なんせ、あの万年金欠の二人組みは仕事をしてもきっと入用なものなどそろえきれないだろう。

そう考えて苦笑する。

(まるで俺は奴らの親みてぇじゃないか)





コメント:漸く続きをUPです。やっと10です。多分、これで半分は越えてる筈だと思います。今回は波児さんの回想でした。パパンの行動が微妙に蛮ちゃんと被る。似てそうな親子だしな。次はこんなに空かないでUPしたいな〜。焔でした。




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