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銀色の自転車 9


士度は朝から無限城に来ていた。昨日と同じ場所で笑師と合流する。

笑師の方は押してきた自転車を、昨日と同じ様にペダルを外してしまった。

「ええですか、士度はん。自転車っつうもんはハンドルを大きく動かさへんでも曲がりますんや。ほんなんで、今日は、こう左右に体重を振って蛇行のバランスに慣れときましょ」

昨日と同じ様に、始めに笑師が乗って見せた。

左右に緩くカーブを描きながら坂を下る自転車の動きはスムーズだ。昨日の練習で真っ直ぐに走るバランスのコツは掴んでいるので、見ているだけではそう難しいことのようには思えなかった。

「分かりましたか? ほな、どうぞ」

戻ってきた笑師が、そう言いながら、士度へと自転車を引き渡した。

「分かった」

「ハンドルと動かさんようにするのが”こつ”でっせ」

士度は頷いて返し、両足で力強く地面を蹴った。



お昼頃に、朔羅がお弁当を持って様子を見にやってきた。MAKUBEXから頼まれたらしい。

ありがたく頂く事にして、休憩を取った。

午後からも同じ練習の繰り返し。

けれども、何度も繰り返すうちに、バランスの取り方もスムーズになり、足を着く回数も減った。

「お〜、さすが士度はん。ほな、今の感覚を忘れんうちに‥‥‥」

笑師は自転車から外していたペダルを元のように取り付けた。

「ええですか? 自転車つうもんは力なんぞ大していらんつーことは今迄でわかってはりますやろ? ペダルを漕がへんでも此処は坂やし、進みますよって」

「お、おう」

「せやから、まずは足を乗せているだけつー感じで、いってみましょっか」

笑師に言われたように、ペダルに足を乗せているだけと自分に言い聞かせながら、今度は片足で地面を蹴った。

念を押されたことでもあったが、ペダルを漕ぐ足に力を入れないように意識しないと途端にバランスを崩してしまう。何度も転びそうになり、両側の壊れかけた壁にぶつかりそうにすらなった。

(こ、これで蛇の奴は転んでいたんじゃねぇか?)

ちょっと力を入れようものなら自転車全体が傾き、バランスが取れなくなるのだ。

何度もペダルなしで練習したお陰か、足に力を掛けすぎないように意識する事は割合簡単に出来るようになった。

自転車の走る速度に合わせ回るペダルの流れに合わせるように漕げばスムーズに走り、曲がることも容易に出来る。無理にスピードを出そうとしなければ、すっかり自転車を意のままに操れるようになったのだった。

「早いですなぁ、その調子でっせ」

「うん。コツは分かった気がする。サンキューな。笑師」

「イヤですわ、士度はんの為なら何ぼでも力、貸しまっせ」

「ああ、それでだな。明日には自転車を買おうかと思ってるんだが、どんな奴がいいんだろう?」

「う〜ん。スポーツタイプがお勧めでっしゃろな。あ、一緒に行きましょッか? 久々に外へも行きたいし、雷帝はんにも会いたいし」

「ああ、じゃ、明日‥‥」


二人は待ち合わせの場所と時間を決め、その日は分かれたのだった。






翌日は朝から小雨が降る天気だった。

笑師は待ち合わせの時間より有に30分は早く待ち合わせ場所であるホンキートンクへと着いていた。

ドアを開けて店内に入ると

「いらっしゃい」という、波児の声に迎えられた。

店内には当然、待ち合わせの相手はまだ来ていない。

「あ〜、笑師だぁ。久しぶり〜、元気だったぁ?」

「雷帝はんも、元気そうですなぁ。士度はんから聞きましたで、何ぞ楽しそうな計画があるんだそうですなぁ」

「うん。笑師も参加する? そろそろ日にちを決めようって話になってね。士度もマドカちゃんの予定を確認してから来るって言ってたから」

銀次はニコニコと楽しそうだ。

ふとその奥に座る蛮を見れば服から出て見える両腕は絆創膏だらけで、薄く黒ずんだあざになっているところもある。

「ふわあ、美堂はんはズタボロでんなぁ。乗れるようになったんで?」

「っち! サルはそんな事までしゃべったのかよ。ああ、なんとかな」

憮然とした響きが声に混ざっている気がするのは笑師の思いすぎでは無いだろう。きっと本人もこんなに時間がかかるとは思っていなかったに違いない。

「えろう擦り傷だらけですが、スライディングの練習でもしたんで?」

「似たようなもんだ」

むすっとした答えが返ってきた。銀次の口元には引き攣った笑いが浮んでいる。

銀次、蛮の2人共にいえることだが、彼等は脚力も運動神経も常人以上だ。蛮は腕力、握力も含まれるが、兎に角本人達にとってはそれが普通なので意識にのぼることも無い。が、自転車を漕ぐ為に必要な脚力は常人程度で十分なのだ。

特に蛮は、カーブする時に軸になる足の踏み込みが強い。自分で動いている時なら機敏な動きに必要なものなのだろうが、自転車で、となれば話は別である。

踏み込みによりタイヤが傾きに耐えられない角度になれば横滑りするのは当たり前なのだ。

「くせだから、気にしているときは転ばないんだけど、ね」

「けっ。ほっとけよ。で、ドリフは何の用なんだ?」

「ああ、ワイはこの後士度はんの買い物に付き合う予定でっせ」

銀次の隣の席に座りながら笑師はそう答えた。

「サルと買い物?」

想いっきり不審という態度を隠しもしない蛮に、笑師はにこやかに笑って続ける。

「そうでっせ。なんぞ、自転車を購入するって言うてはりましたな」

「あ、そっか。士度も自転車持ってないもんね」

「けっ、サルのくせに‥‥」

蛮はそっぽで不機嫌さを漂わせている。銀次のほうは思案顔で蛮へと振り向いた。

「蛮ちゃんの自転車は、どうしようか?」

銀次のように中古のリサイクル品を買うという方法もあるが、そうなるとおき場所が必要になる。

「あ、蛮さんの自転車でしたら、ウチに使ってない自転車がありますからそれ使いますか?」

小耳に挟んだ夏実がカウンターの奥からひょっこりと顔を出してそう言ってきたのだった。

「使ってない自転車があるの?」

「ええ、ありますよ。色はちょっと‥かもしれませんけど」

にこやかに夏実が笑顔を浮かべた。

「色? まあ一日だけの事だろうから、この際目を瞑るさ。で、何色なんだ?」

「赤です」

蛮の顔が苦虫を潰したように顰められたのだった。



夏実、レナ、銀次、蛮、笑師で和気藹々としているところへ漸く士度が駆け込んできた。

「わりぃ、待たせたな。マドカの方のスケジュールがなかなか確認できなくってな。手間どっちまった」

「サルは使えねぇなぁ、これだから」

「ば、蛮ちゃん‥‥」

「けっ、テメェは乗れる様になったのかよ。本番で悲鳴はみっともねぇぞ」

「なにっ! このサルが! 人様の事とやかく言ってんじゃねぇ!」

「蛮ちゃん! いい加減にしないと、オレも怒るよ! 士度だって悪いって謝ってるし、この後の予定だってあるんだから、もう!」

「わ、わりぃ。銀次、落ち着け‥‥な、な?」

パチパチと身体の周りに静電気をまつわりつかせだした銀次を宥めるように蛮の方が折れて謝る。とても珍しい事だが、体中の怪我の所為で電撃なんぞ貰いたくないというのが本心だろう。



「それじゃ、話し合いをはじめましょう。皆さん揃ったことですし」

ぱちんと手を打ち合わせて夏実が言うと、蛮がすかさず壁のカレンダーを外してボックス席の机の上に広げた。

その机の周囲に皆が頭をつき合せて集まった。

「まず、予定がずらせないだろう嬢ちゃんの日程から聞こうか」

「ああ、まずこの日から此処までは海外に出ている。それと、この日には国内のチャリティーのコンサートがある」

士度が示した日に蛮がしるしを書き込んで行く。

「あ、この日は私が用事があります!」

「私も、ここは開けられません。ごめんなさい」

夏実、レナも学校の行事やなんだと予定がすでに決まっている日にしるしをつけた。

そうやってカレンダーに書き込みが増えて、日付が絞り込まれた。

「ん〜と、全部が開いているのは9月の10日かな。その次が23日で、その後は10月か?」

蛮が印の無い日付を探して読み上げた。

「マスター。9月10日で、大丈夫ですか?」

「へ? なんだって?」

「お店、休めますか? って、聞いてるんですけど?」

「え、ああ。大丈夫だぞ」

波児はいきなり夏実に話を振られて、慌てたがそう答えていた。どうせ一日の事で、バイトの2人が休みでもこの店自体にはなんの影響も無いだろうと波児は考えていたのだ。この考えが甘かった事は直ぐに彼女の返答からわかる事になったのだが。

「じゃ、これで全員参加できますね」

「へ? ちょっと待て。俺も参加なのか?」

「当然です! だから聞いたじゃないですか、お店休めるのかって」

あちゃ〜っという呟きと共に額に手を当てた。そんな波児に誰も同情などはしてくれなかった。

(ったく‥‥。ハメられた気分だよ。全く‥‥‥)

それでも子供達が和気藹々と騒いでいるのを見て「まあ、いいか」と思ってしまう波児だった。




コメント:さあ9まできました。やっとサイクリングの日付が決まりました。あとは他のメンバーの回想がいくつかと、まだ集まっていないメンバーの参加話ですね。半分はいったと思いたいんですが‥‥微妙なところですね。
え〜と、士度のやっていた自転車の乗り方の練習方法ですが、実際にあるそうです。この方法のほうが早く乗れるようになるのだとか。人に聞いたものなのでどうなのかって事は焔にはわかりませんです(汗)
あとは蛮ちゃんたちがどうしてうまく自転車に乗れなかったのか、という屁理屈を出してみたんですが‥‥‥。
実際のところはどうなんでしょうね?(焔)





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