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士度は悩んでいた。 動物達が、彼に気遣わしげに鼻を寄せている事にすら気付かない程。 そして、動物達の鳴き交わす声から様子を察したマドカも心配そうにしていた。 (まさか、自転車を買ってきて、ここで練習するって訳にもいかないしな…) とすれば、あの二人のように公園で、と言う事になるのは必然だった。しかし、ギャラリーが多いあんな場所でなんてとてもじゃないが恥ずかしすぎて、練習などできるはずが無い。 (あいつらよくあんな場所で、練習なんかできたなぁ…) と思ってから思い出した。そういえば銀次はまだ未成年であって士度のように20歳を過ぎてはいないわけで…… まだ、恥ずかしくてもマシだろう。更に、1人では無いのだからギャラリーも気にはならないのかもしれない。尤もあの2人がギャラリーを気にしたことがあるのかといわれると、士度にも自信は無い。なんせ普段から漫才をしているような奴らだ。騒がしさだけなら、公園にいる子供達以上だろう。 (そうじゃなくてだな………。どうしたもんかな) 考えたくない事の所為で、思考は直ぐに横道へとそれて行ってしまうのだ。 それに自分で突っ込みを入れて引き戻し、溜息をつく。 (練習する場所があったとしても、1人で何とかなるものなのか? と、すると最初は誰か乗れる奴に教えてもらった方が良いよな。……、銀次に訳を言って頼むか? って〜と、もれなく“奴”が付いてくるよな……) ふと昼に見た2人の様子を思い出してしまった。 バトルの時に怪我などしても他人に気付かせる事無く、ケロリとしていたりする。だからこそ、怪我をして悲鳴を上げた、なんて聞いた事もみた事も無い。 それが、たかが自転車で転んだくらいで悲鳴みたいな叫びを上げ、悪態をついている。 あんなところなど普段のふてぶてしさからかけ離れすぎていてつい、呆気に取られてしまった。が、反面、彼がまだ未成年だと初めて見せ付けられた気もする。それほどに彼は普段は大人びているのだ。 尤も士度に絡んでくる時の彼は子供っぽかったりするのだが、それだって自分と同じ年の相手という感じの方が強かったのだ。 (銀次の奴と同じ年だって言ってたな……) 聞いた時にはつい嘘だろ、と思ったものだ。銀次には悪いが、今でさえあの2人が同じ年だとは思えない。 が、反対に今日のような様子を見ていれば、納得してしまえる気もしてくる。 そんな事をぼんやりと考えていて、はっと我にかえった士度だった。 「い、いかん。これじゃ逃げじゃねぇか。そうじゃなくてだな…」 すでにパニックに陥りつつある頭じゃ、まともな思考などなかなか浮かび上がっては来ないものだ。堂々巡りのあまり、ついつい逃げの方向へと向っていってしまうのだ。 「も、いい。考えてるだけで乗れるようになるって言うんなら、ヘビなんざ、もっとひょいって乗ってそうだ」 (取り敢えず、自転車は買うしかないか。マドカに言ってどっか隅に置かして貰って…、ま、邪魔になるんだったら用が済んだら処分すればいい) あとは…… 練習する場所と、コツを教えてくれる相手。 自分ひとりで練習するよりも、コツを教えてもらった方が、早く乗れるようになるだろう。時間を気にせずに練習できるのならこっそりと夜間にでも、と考えるが、今は兎に角早く、というのが条件だ。 蛮の様子なら、あと2、3日も経てば平気で乗ってそうだ。だからといって、乗れる様になった次の日に行こうとは、いかに銀次でも言わないだろうから、時間的猶予はそれに2、3日足したところだろう。 (ってことは、一週間って感じか) すばやく計算をだして、じゃ、自転車に乗れそうな奴は……と、考えた士度の頭に浮んだのは、無限城の芸人だった。 (……、奴なら、乗れるだろうな。よし、聞いてみるか) 士度はよっと気合を入れて立ち上がった。 決めてしまったら、行動開始は少しでも早い方がいい。 「あ、あの…。士度さん」 その時に、途惑いがちな色を乗せた声がかけられた。この家の主、マドカであった。 「え? あ、ああ。何か用か?」 「え、いえ。あの、何か心配事でもあるのでしょうか?」 「俺が? 心配事?」 「ええ。何か考え込んでらっしゃって。皆とても心配そうな様子なので…」 「あ、いや、悪い。ちっと考え込んじまっていたな。大した事じゃ、ないんだが…」 士度は明るい声で、そう告げた。 「本当ですか?」 「ああ。実はだな、銀次の奴が、だな」 「銀次さんが?」 「今度、皆でサイクリングに行こうとか言い出してな。それで…、その…」 士度はその後の言葉を濁した。 「あ、ひょっとして、私に気を使ってくれたんですか。確かに、私にサイクリングは無理ですね」 「…、だ、だよな…」 士度は照れたように頭をかいた。純粋な相手を騙しているような気がして居心地が悪い。 そんな士度の様子に、マドカはクスクスと笑い出してしまった。 「私も参加したいと言ったら、銀次さんは断るでしょうか?」 「え?」 「目的地までご一緒にというのは、確かに出来ませんが、そこまで皆さんのお弁当を運ぶとか、お茶を用意するとか、そう言ったお手伝いならできると思うのです。ダメでしょうか?」 「あ、ああ。そう言う事なら。大丈夫だと思う」 士度の応えにマドカは嬉しそうに微笑んだ。盲目の彼女は、今迄同じ年頃の友人とのたわいの無い行楽に全く無縁だったのだ。 「日付は既に決まっているのでしょうか?」 「いや、まだのはずだ。マドカが参加するのなら、日付は考慮してくれるだろう」 「はい。楽しみですね」 「ああ。じゃ、俺はちょっと用事があるから…」 「はい。お気をつけて」 「ああ」 マドカに見送られて、士度はその場を離れた。 向う先は、無限城だ。 コメント:さぁー、どうなるやら。だんだんと暴走気味のこの話。誰がどうかかわってくるのか書いてる本人にも謎なんですよ。だって、最初の構想では無限城の芸人なんてチラッとも入ってなかったわ。ま、いいけど…。次の7では再び蛮ちゃんたちの方へと話は戻ります。何故蛮ちゃんが自転車に乗るのに苦労するのか、その謎を…(←そんな大層な話じゃないですよ?) |