Fresh Kids ! 2
ふあ〜っと大きな欠伸がひとつ。
柔らかな掛け布と清潔なシーツを寝ぼけ眼で眺めながら、ここは何処だとしばしの思案。働かない頭で考えること数秒のちポンと手を打鳴らす。
相棒の旺盛な食欲は眠っている時もいかんなく発揮するらしく、睡眠時の非常食として美味しくいただかれ、おかげで体中歯形だらけだ。誤解を生むから勘弁してくれと拳で懇願するが、相手は聞く耳を持っていない。
そんなこんなで寝不足だった。幾度かの大欠伸のあと、眠気ざましにと放り込まれたびみょーな味のキャンディー。それでも一向に眠気はおさまらず、眠たい目を擦りカウンターに頭突きをくらわすこと数度……。
さすがに気の毒に思ってか、『ホンキートンク』のありがたいマスターは二階にある客室のベッドで眠ることを許してくれた。
たっぷり眠っているはずの相棒が大欠伸でこれまた隣に潜りこんでくるのには呆れてしまったが、切間で大いびきをあげているのを眺めていると、食わされたキャンディーが実のところは睡眠薬入りだったのかもしれない、なあ〜と考えているうちに彼自らも意識を手放していったようだ。
そうして今にいたる。
目を擦り、頭を振り、覚醒を促しながら蛮はまだ呑気に眠っている相棒の憎らしい程の無邪気なよだれ顔を見た。
可愛いといえば可愛い寝顔である。
ちっちゃな手足がピクピク動いた。饅頭のようなぷっくらした頬もなんだかいい感じでもごもごしている。
─── 銀次の奴、また夢ン中でなんか食ってるな……。つーか、眠ってんのにタレんなよ。器用な奴だな ───
裏の世界でその名を知られる『Get Backers』の片割れには電撃を飛ばすという特異体質以外にぷにぷにとした代物に縮むという裏技を持っている。タルりんとしたいかにもトロそうなその容姿故に他人はその姿の時は『タレ』と命名して珍重している。
相棒の蛮曰く、ひじょーに迷惑なシロモンでもある。らしいが……。
蛮は『タレ銀次』を横目で見ながら小さくため息を吐き出すと、サイドテーブルに置かれた愛用のサングラスへ手を伸ばした。つと。
─── ん? ───
蛮はなんとなく違和感を感じたが、気のせいと思い直しサングラスをはめる。が、何かこう言葉では表せきれないほどの異質が小さく波紋のように広がってゆくのも感じるのだ。
蛮は首をかしげる。
たっぷり? 眠ったせいか別段体調も悪くなさそうなのにだ。が……。
一階の店とは違い空調が効いていないこともあって茹だるような暑さがあり、体は少々汗でべたついていた。眠る前部屋に入ったすぐは、涼やかな風が開け放たれた窓から吹いていたこともあり空調を気にしなかったのだが、今は心地よい音色を奏でていた風鈴もむなしく窓辺に下がっているだけだ。
よほどに暑かったのか『タレ銀次』は掛け布を蹴り上げ、衣類も脱ぎ散らかし素っ裸で眠っている。銀次に文句は言えない証拠に蛮も暑かったのだろう、シャツとスラックスがくしゃくしゃになってベッド下に蹴り落とされている。
─── まじ俺も素っ裸で寝てたんかよ。どうりで変だったわけだ。パンツも履いてねーじゃん俺ら。ベッドでヤローふたり、すっぽんぽんで寝るってどうよって感じだな……。なさけねー ───
自嘲ぎみに笑いながら、先程感じていた違和感があまりにあっさりとした理由で解決して拍子抜けする反面、ほっと胸を撫で下ろした。やれやれとベッドから下りようと足を伸ばしてみたものの………。
ベッドの足はさほどに高いものではなかったはずだ。
床に届かずにぷらりと揺れている。─── 何故? ───
…………。しばし沈黙のあと、そんな訳はないと首を振る。
一所懸命足を伸ばすが結局バランスを欠いて、派手にベッドをずり落ちた。
ゴチン! とこぎみよい程の立派な音を立て頭をぶつけた。目から火が出るとはまさしくこういうことかと知りあまりの痛さにぶつけた頭を抱え込もうとして、はたと気付く。
と、届かない? ─── どうして? ───
…………。しばしの沈黙のあと、再びそんな訳はないと首を振る。
気を持ち直し痛みを堪えて立ち上がる蛮だが、どうも何か違うのだ。何故だか、どうしてだか、足元が覚束ない気? がするのだ。
いつものように歩いている気でいるのにだ。ようやっと、脱ぎ捨てられた衣類の前までくると、まず下着を見つけ足を入れようとして、またまたバランスを崩して今度は尻を打った。しかし尻餅をついた床にはありがたいことに銀次の服が散乱していて、さほどに痛くはなかった。
蛮はくるりと部屋を見渡す。
コクリと喉が鳴った。
初めて訪れた部屋ではない。勝手知ったる波児の住まいだ。もう幾度も訪れて寝泊まりもしている。カーテンの位置もチェストも机も随分上の方にあるような気がする。
蛮は喉を鳴らして唾を飲み込み、冷や汗を垂らしながら、三度そんなことがある訳ないと首を振った。
余計なことを考えず、今度はすばやく散らばった衣類を身につけると『よし!』とばかりに勢いよく立ち上がり………。
…………、ずるりと全部脱げた。それはみごとな脱皮だった。
蛮は今しがたさらに大きく掛け布を蹴り上げて、大の字で可愛らしい木の実をさらしている銀次の姿を振り返り、にへらと口元を緩めながらベッドサイドのテーブル脇に立て掛けてある姿見に己我姿を映した。
小さな手と足、ぽっくりと膨らんだ腹、柔らか頬、とにかくちっちぇーな体。胡散臭そうに見つめている青い目、そいつはくそ生意気にもサングラスなんぞをはめてやがった。
蛮は鏡を凝視し、やがてぶるぶると震えだすと叫んだ!
「なんじゃー、こりゃあ〜!!!!」
かの刑事ドラマの日本一有名なセリフと寸分違わず、蛮の黄色い悲鳴が二階の客室を抜けてホンキートンク店内に響きわたった。
大きな大きな蛮の叫びは、銀次の深い眠りをさまたげ、何事かと一階の店主を駆け込ませるのに十分だった。
「蛮! どうした!! 何があった!!」
「? あっれぇ、ばん……ちゃん??」
………………。
勢い込んで部屋のドアを開けた波児の目前にふたりの幼児。ひとりは黄色の髪に鳶色の瞳を大きくぱちくりと開き、もうひとりは柔らかそうな黒髪と青い瞳が睨みつけるように波児を見つめている。
鼻の上に大きすぎるサングラスがずり落ちぎみに乗っかっていた。
「ば、蛮? ぎ、銀次なの……か…?」
コメント; 第2弾目は、よしのが担当です。しかし、お子様づいてますな‥‥‥。近頃のうちらの作品。"ほぼ"オールキャラ出ます? あと、誰と誰がお子様化するかは、お楽しみに〜って‥‥いいんか‥‥。(あくまでも銀蛮風味っス!)
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