Fresh Kids ! 4
「ねぇ、もしかしなくてもしどだよねぇ」 「あたりまえだろ。あんなげいとうはさるまわしいがいにできねぇし、そーそーなんにんもあんなのがいてたまるかよ」 あんまりな言い分に話題の当人はむっつりと押し黙ったまま、睨みつけるだけだった。波児は諦めたように溜息を吐くと、カウンターから出た。 店のドアを開け、外へ顔を出し、ドアに掛かったプレートを準備中へとかけかえた。 さすがにこんな事も4人目ともなれば、慣れるものだ。唯開き直っただけとも言えるが。 「なんでか、おきたらこうなってた。そっちは、ひょっとしてギンジとヘビヤローかよ」 「うるせー。さるまわしのくせに、ひとさまにけんかうろうっていうのかよ」 蛮がいつものように突っかかろうと、士度の方へと向き直ろうとしたが、バランスを崩し、見事にスツールから落ちた。 ごちん、と大きな音がシンとした店内に響く。 「お、おい。だいじょうぶか?」 慌てて士度はライオンの背から身軽に飛び降りると、落ちた格好のまま固まっている蛮を起こしてやった。蛮は起こされて床にペタリと座り込んだまま、派手な音を立てて床に激突した己のおでこを小さな両手で押さえている。その下から、涙をいっぱいにうかべた、大きな青い瞳がじとーっと士度をうらみがましく睨んでいた。 (ちっちぇー…… ホントにこいつ、あのヘビヤローなのかよ) いつもなら、士度と蛮の背の高さの差は7、8センチだ。しかし、今はその差はもっと大きかった。 士度は、どう見ても6歳くらいらしい体格の子供だ。一方の蛮は3歳になったくらいの幼児だ。この頃の2、3歳の差はかなり大きいから、士度から見れば、蛮は随分、小さく感じられるのもしかたないだろう。事実、二人の身長差はおよそ30センチあるのだ。士度の目の前には蛮のつむじが見える。仮令、蛮が立ち上がったとしても視界には入るだろう。 「くそー、さるまわしのくせにー」 「ばんちゃん。それはかんけいないとおもうよー」 「うるせー、ぎんじのくせになまいきだぞ」 と、一番なまいき全開の幼児を波児はひょいと抱き上げた。今の落下にも奇跡的にひびも入らなかったサングラスを拾い、かけさせててやる。と、蛮は波児の肩口にしがみついた。 「うーー。くそー」 「あー、もー。痛かったんだろうが。素直に泣いとけ。他の奴に食って掛かるなよ。自分が悪いってわかってんだろうが」 ポンポンと軽く背中を叩いてやる。蛮は意地でも泣くものかと,相変らずな頑固さを発揮して波児の肩にしがみついたまま歯を食いしばりうなっていたのだった。 「ねぇ、こんな時間になんで準備中なのよ?」 カランとベルを鳴らし、ドアから中を覗き込むように顔を出しているのは誰あろう、仲介屋のヘヴンだった。 「ま、いろいろとあってな」 蛮を抱いたままの波児が応じた。 「それに……、確かに暇が多そうな店だけど、いつの間に託児所になった訳? それとも、その子達って波児の子供なのかしら?」 床やカウンターのスツールに居る子供達を一通り見回してからヘヴンはそう言った。 「いや、そういう訳じゃないんだが……」 波児は蛮を元のスツールに座らせるとカウンターの中に戻って行く。それをヘヴンは目だけで追った。 「とりあえず、中に入ってくれよ。それとも、別の用があるのか?」 「んー、GBの二人が居ないかと思って、また、携帯繋がんないのよ」 ドアを後ろ手に閉めるとヘヴンはそう切り出した。 「ん? おかしいな。こないだのだっかんりょうでけいたいのつうわりょうはらったはずだから、きられるわけないんだけど」 蛮はそう言って、ごそごそと服の下から携帯電話を引っ張り出した。そのまま、モニター部分を見て、叫んだ。 「げ、でんちきれてんじゃねえかよ。じゅうでんしてなかったんだっけ」 落とさないよう首からロングストラップで下げられた携帯電話は確かにヘヴンも何度も見た覚えがある蛮のものだ。 「え? え? 一体?」 混乱したヘヴンは周りを見回し、唯一答えを持ってるだろう相手を視界に捕らえると、目で訴えた。 (…オレに聞くなよなぁ……) 訴えられた波児としては苦笑するしかなく、その上、溜息まで零れた。 「そこに居るちび達が『銀次』と『蛮』だよ」 声に出すと余計に疲れが襲ってくる気がするのは気のせいなんだろうなぁ、と思いながらも顔はこわばった笑顔を貼り付けたままであった。 「なんで? ええ? って、ことは…… ひょっとして、貴方、士度くん?」 ヘヴンに聞かれて、士度はこっくりと頷いた。 「何が起こってるのよ?」 「それは、僕も聞きたい事なんですよー。十兵衛が… 」 ヘヴンに同意するように花月が答え彼女の方へと向き直った。その腕には十兵衛がいまだすやすやと眠ったまま抱かれていた。 「その子、ひょっとして……」 ヘヴンは自分の手を額に当てて天を仰いだ。 何が起きているのだろうか? なぜかことごとくお子ちゃまに成っている。ここにこれだけ居るんだから、他に居ないわけが無い。それとも、こいつらが全員特異体質なだけか?(それもありそうだ) 「ま、とにかく座って落ち着いてくれ。キリマンでいいか?」 「ブレンド……」 波児はせっせとコーヒーを入れだした。ある意味、現実的な現実逃避かもしれない。 「誰も、原因なんて思いつかないわよねぇ…」 ぼそっとヘヴンが零す。波児以外の全員の目が彼女に集まった。(波児はコーヒーに集中していたので彼女の声は全く意識に入っていなかったのだ) 「わかってるんだったらこんなとこでさわいでねぇよ」 「うんうん。ばんちゃんとべっとでねてて、おきたらこうでした」 「オレもねむくなってライオンのとこにいて、おきたらこうだった。あせったけどマドカは目がみえねぇし。だけど、すぐにわかってくれて、服とかよういしてくれた」 口々に小さくなった状況を述べる。服といえば、ちび銀次,ちび蛮の服は朝、店が開くのを待って波児が慌てて揃えたものだった。二人揃いの色違いを着ている。 元々の服などどうやっても着れはしない。無理に着たところでずるりと脱げてしまうのがオチだろう。蛮にいたっては一度試した様子だったのだから。 「ふうん。状況だけ聞くと、共通なのは眠って起きたら、子供になってた、ってことね」 聞いた話をまとめるとそうなる。でも、何か足らない気がする。寝て起きたってだけなら、花月はなぜ小さくなっていないんだろう? ヘヴンも流石に裏家業の女だ。この程度の事でいつまでも呆けてたりはしない。立ち直りの早さやしたたかさはこの世界で生きていくには必須なのだ。 「………。波児、わかる?」 「そんだけの情報でわかるんなら、俺ら情報屋は廃業しなきゃならねぇな。まあ、朝から何度か宛を探っちゃいるんだが」 花月とヘヴンに注文のコーヒーを出しながら、波児が苦笑する。いい加減苦笑が普段の顔になってしまいそうだ。 「それもそうね。まだ情報が足らないわよね。ところでぇ、あんた達」 ヘヴンはちらりと目線を隣に陣取っているお子ちゃま達に流す。 「そのままでも、仕事ってやる気?」 「あたりまえだろ。おれたちはむてきのだっかんや、げっとばっかーずだぜ」 いばって胸を張る蛮に溜息しか吐けない波児だった。 「………。ふーん。ま、いいわ。この後ここに仕事の依頼人が来るんだけど、その依頼。ここに居る全員で受けてくれないかしら? 仕事料はその分安くなるけど、そうじゃなきゃ、きっと依頼人が依頼せずに帰ってしまいそうだわ」 一息に言い切った彼女の意見は、尤もな事だったろう。誰もお子ちゃまに仕事を依頼しようとは思わない筈である。どれほど切羽詰っていても、3歳ほどの子供が裏家業を営んでるなんて、正気じゃ考えられないものだ。例え、それが本来は青年で今偶々子供の姿をしている、と言われたって納得できるものではないだろう。 「それって、僕も数に入ってます?」 ぽそっと花月が呟いた。今まで、ヘヴンの言葉が頭に入っていなかったらしい。 尤も、十兵衛の事しか考えていなかっただろうから仕方ないのかもしれない。 「そうよ、花月くんが子共になってなくって助かったわ」 彼女はしれっとして言った。彼女には花月の心理なんてどうでもイイ事なのだった。 「で、でも十兵衛が……」 尚も何か言おうとした花月にヘヴンの冷たい視線が突き刺さる。 「ふーん。いつもは銀ちゃんが大事みたいな事言ってるくせに、本心はどうでもいいのね。花月くんがいなければ、銀ちゃんは今回仕事すら出来ないのにねぇ」 「あ…、う………」 痛いところだった。 押し黙ってしまった花月に波児は痛ましげな目を向けた。しかし、あくまでも向けただけだった。先程と同じ妖怪に笑わせてなるものかと、自戒することにした波児だった。 「いいわね?」 ダメ押しにヘヴンは強気に言い放つ。 「わかりました……」 花月の方が簡単に折れた。言い分では確かに自分の方が分が悪い。いつも銀次一番できていたのは確かな事なのだから。 「ごめんね、かづっちゃん」 「いえ、確かに、小さなままでは仕事に差し支えるのは本当でしょうし、依頼だって受けられませんから」 とりあえず、十兵衛の事は忘れたかの様に答える。でも、目線はちらちらと定まらず、心配な心情が簡単に見て取れた。 「へぶん、みせがじゅんびちゅうだってつたえなくてもいいのか? いらいにん、こまるんじゃねぇ?」 ぼそっと蛮が至極まっとうな意見を口にした。ヘヴンは何を言われたのか一瞬、理解できなかったようで返事までに少々間が空いた。 「あ、そ、そうね。忘れてたわ。ありがと」 どうも、調子が狂う。確かに、銀次、蛮の二人には違いないのに、お子ちゃまだというだけでどうもこちらがどう対応すればいいのか途惑う。相手がなまじ、何時も通りに振舞う所為で尚更、違和感が大きく付きまとってしまうのだ。尤も、蛮の方は行動全てが確信犯的かも知れない。こちらの戸惑いを正確に呼んでいるらしいのだから。 とはいえ、このまま仕事なんてできるんだろうか? 余計かもとは思ったが、強引に花月に手伝わせるようにさせた。しかし、花月一人にお子ちゃまが四人。依頼人は了解するのか彼女にもわからない。
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